【サイドストーリー】鈴屋さんと、アニス・リット!(9)
美しい水色の髪をしたエルフの少女が、真っ暗な部屋の中から窓越しに浮かぶ月を見上げていた。
その表情はどこか虚げで、生気を感じられないものだった。
「やぁ〜、鈴屋 彩羽くん。定時報告は、終わったかね?」
不意に背後から、声をかけられる。
少女にとって聞き慣れない、大人びた女性の声だった。
「どうだね、秋景くんとは。しっかり惚れさせて、繋ぎ止められそうかね?」
この部屋は碧の月亭の二階にある、鈴屋 彩羽の部屋だ。
ここでの会話は、きっちり記録されているはずである。
だというのに彼女は、気にする様子もなく現実世界のことを話し始めていた。
「この部屋を、特異点にしたんですか?」
「あぁ、そうだよ。まぁ一時的に、だがね」
彼女は話しながらベッドに腰をかけると、スラリと伸びた長い足を組む。
「それより君はまだ、ボクの質問に答えていないぞ、彩羽くん。君が楔となってしっかり繋ぎ止めておかないと、ドリフターはまたどこかに流れてしまうかもしれないんだ。サルベージャーとしての役目を、忘れるなよ。この世界に絶望させるな、執着させろ。あわよくば、君に執着させろ」
月明かりが、アニス・リットの表情を照らし出す。
その表情はひどくやさぐれた、もしくは、どこか疲れ切った大人の女性を思わせるものだった。
「ドリフターがこの世界を否定したら、また違うところに流れてしまう。それは、君も知っているのだろう?」
「もちろん知っています。私なりに、誘惑もしています」
「もっとだよ。足りない、とボクは言っているのだ」
アニスが、彩羽に向けて指をさす。
その指には、いつの間にか火のついた煙草が挟まっていた。
「匂いが残るんですけど?」
「残さないよ、そんなものは。これでも、管理者権限を持っているんだからね」
「七夢さんに、言いつけますよ?」
「意地悪だなぁ、君は」
アニスは目を細めながらタバコをひと吸いし、ゆっくりと煙を吐き出すと、名残惜しそうにしながら煙草を消した。
厳密に説明するならば、吸っていた煙草そのものを消したのだ。
「今日、色々と彼を試したのだがな」
「知っています。それで?」
「まぁ、問題ないだろう。アレは女慣れしてるようで、その実、ガキそのものだ。この世界では手を出してはこないだろうし、元の世界に戻ったとしてもストーカーにはならないだろうな」
「……そもそも戻ったら記憶を消されるのに、ストーカーなんてされないでしょう?」
「まぁ、そうなのだがね。君の中身が男だと言っておけば、とりあえず安全だろう。だから君は、存分に誘惑したまえ」
「じゃぁ……」
あぁ、とアニスが笑みを浮かべて返す。
「彼に対しては、鈴屋 彩羽が専属となって担当することを正式に認可しよう。他のサルベージャーも、彼と接触することを禁じさせる。そのかわり君は、しっかりと彼を繋ぎ止めて、必ずサルベージするんだ」
「もちろんです。私は、そのためにここにいます」
彩羽の決意に満ちた瞳に、アニスが満足げに頷いた。
「期待しているよ、彩羽くん。何かあったら、七夢に相談したまえ。ボクも力になるよ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「ふっ……若いねぇ」
アニスが再び笑みを浮かべると、次の瞬間には姿が消えてしまう。
おそらく、ログアウトしたのだろう。
それがこの世界で彩羽が見た、アニス・リットの最後の姿だった。
この人出るとネタバレしまくるので、出せなかったんですよね。
鈴屋さん以外のサルベージャーが接触してこない理由として、裏で「こういう人がいた」という設定だけが、頭の中にありました。
話は、まだ少し続きます。




