【サイドストーリー】鈴屋さんと、アニス・リット!(6)
オンラインゲームにおいて初心者の育成は、そのゲームのサービス終了(通称・サ終)を防ぐためにも、大変重要な考え方である。
どんな人気ゲームでも過疎化はつきもので、それ故に新規プレイヤーは宝であり、暇を持て余した古参プレイヤーが初心者のクエを無償で手伝うという行為は、よく見掛けられた。
今の俺が、それに近い。
街でゴロツキに絡まれていたアニスを助け出したのは、ある意味「初心者狩り」からの救出だ。
その縁から素材採取クエを無償で手伝う行為は、「初心者育成」のそれに当たる。
まさに俺は、暇な古参プレイヤームーブをしているのである。
俺がここまでするのは、もちろん鈴屋さんの言い付けであることと、アニスが冒険者ではないということが大きな要因なのだが……
「それっ!」
森の中で偶然遭遇した野良コボルトを、アニスが小剣で突き倒す。
戦闘の技術だけでいうなら、それほどでもないのだが、とても初めての戦闘とは思えない落ち着いた動きだ。
このまま冒険者なんぞになってしまえば、きっと攻防に優れたバランスタイプの戦士になるだろう。
「すごいな。普通はもっと、慌てるもんだけどな」
「ボクの側には、アークさんがいるからね。いざとなったら助けてくれるんだし……そう考えれば、安心して戦えるよ」
首をわずかに傾けて、満点の笑顔を見せてくる。
おぉ……初心者さん、かわいいなぁ。
たとえ年上でも、こんな弟子なら欲しいかもしれない。
もっとも、忍者の俺が教えられることなんて、ほとんど無いんだけど。
「なるほど、これを冒険っていうんだね〜」
「まぁ、遺跡探索ばかりが冒険じゃないからな。討伐や採取も、冒険者の依頼としてよくあるし」
「うんうん、勉強になるよ♪」
肩にかかる黒髪をさらりと揺らしながら、おもむろに地面に生えていたトゲトゲの草を引き抜く。
「で、これが、トロクサ草だね?」
「そうだ。これで揃ったな」
アニスが満足げにうんうんと頷くと、トロクサ草を俺に差し出した。
「じゃあ早速、調合してくれるかな?」
「へ……調合?」
あまりに唐突な申し出に、驚いてしまったのは俺だ。
「そうだよ。できるよね、アークさん」
やはり、首を傾げてしまう。
何を言ってるんだ、この人は。
「やだなぁ。このレシピを見て、まだピンとこないの?」
「レシピ?」
ビョーダン、アカミズゴケ、トロクサ草……たしかに、どこかで見たレシピだ。
しかし、忍者の俺が調合とはどういうことだ。
一応、丸薬生産スキルはあるが……
「じゃあ、ヒント。パン屋の人だよ」
「パン屋って……南無子のこと……えぇぇっ?」
そこまで考えて、やっと思いだした。
これは、“七方出の丸薬”の材料だ。
効果は、性別の反転。
最近は南無子が自分で、素材を集めに行っていたから、すっかり忘れていた。
丸薬も、けっこう前にまとめて作ってやったまんまだし……しかしそうか、確かにこのレシピだ。
「どうやら、思い当たる節があったみたいだね。じゃあ、お願いできるかな?」
「あ……あぁ……まぁいいんだけど……」
でもなぜアニスが、あの丸薬のことを知っているんだ?
この世界に忍者は俺しかいないわけで、丸薬は忍者にしか作れない。
それにあの口ぶりからして、南無子の性別の秘密も知っているようだ。
「あぁ〜、ごめん……色々とパニックしてるかな?」
「いや……うん、だな」
「まぁ色々と思うところはあるんだろうけど、とりあえず調合してみてくれる?」
そう話すアニスの表情は妙に知的で、大人びた笑みを浮かべていた。




