【サイドストーリー】鈴屋さんと、アニス・リット!(1)
時期としては「鈴屋さんとドサマギッ!〈後編〉」の後になります。
「あー君、あー君」
レーナでの昼下がり、隣を歩く鈴屋さんが俺の腕をチョイチョイと引っ張ってきた。
どうしたのかと顔を向けると、鈴屋さんがあれを見てと言わんばかりにアゴをくいと上げる。
見ればそこには、ゴロツキに絡まれている女性の姿があった。
レーナは他の街に比べれば、治安がいい方ではある。
しかしながら、港町らしく雑多で多種多様な種族が集まっているせいか、しばしばこういった状況に出くわすのだ。
「助けろと?」
「当然でしょ?」
もちろんここで、自分が行けばいいのに……なんてことは言わない。
鈴屋さんが本気を出せば楽勝なのだが、地形が変わってしまうほど被害が大きくなってしまうからな。
これも大きすぎる力を持つ鈴屋さんの隣を歩く者として、当然の義務なのである。
そもそも、こういった荒事は男の仕事だ。
そんなわけで俺は、今日も今日とて彼女の手となり足となり戦うのだ。
俺はさくっとゴロツキを倒し、絡まれていた女性を助け……ええっと、たしか……軽く挨拶をしてお別れをした。
ことの発端は、そんなことも忘れてしまった数週間後のことだった。
「あの、アークさん」
碧の月亭のいつのも円卓に、ひとりの女性が様子を伺うようにしてやってきた。
えらく色気のある、ハスキーヴォイスだった。
年齢は、二十歳くらいだろう。
さらさらとした黒髪は、首にかかるくらいの長さで切り揃えられ、少し大人びた雰囲気の彼女にはよく似合っていた。
ハチ子さんとは違ったタイプの、綺麗でクールな大人の女性といった感じだ。
「えぇっと、誰だっけ」
「あー君、ほら、こないだ助けた……」
助けた……で、思い出す。
あぁたしかに、あの時の女性だ。
「先日は有難うございました。私、アニス・リットと申します」
見た目通りに落ち着いていて、礼儀正しい。
どこぞの御令嬢なのだろうと、勝手に予想する。
着ている服も、上品で清楚なお嬢様ワンピースである。
ところで、この流れは……
「先日のお礼がしたく……よろしければ、お時間をいただけませんでしょうか?」
うん、やはりお礼の流れだ。
これも毎度のことで、だいたいは鈴屋さんが「そんなことしないでも、いーですよー」と断っておしまいである。
ちらりと横目で鈴屋さんの方を見てみると、マグカップに口をつけながらアニスのことを凝視していた。
なにか、深く考えているよう見える。
「あぁ〜、いーですよー」
ほらね、俺の代わりに答えてくれた。
「ありがとうございます。では少しの間、アークさんを、お借りしますね」
「どーぞー」
うん、いつもの流れ……って……へ?
俺が目を丸くして鈴屋さんを見ていると、グイッとアニスに腕を組まれて強引に引っ張られた。
意外に力が強い……じゃなくて!
「え、鈴屋さん?」
「いってらー」
何故か鈴屋さんは、ニッコリと笑って手を振るのだった。




