鈴屋さんとワイバーン!〈10〉
ワイバーン編最終話です。
物語は少し動きを見せてきています。
通勤、通学、お昼の休憩など、空いた時間にお楽しみいただければ幸いです。
“竜の爪痕”と名付けられた山小屋の、入ってすぐにある大部屋で、俺たちは口数も少なく過ごしていた。
外はすでに、薄明るくなってきている。
この二日間、色々とあって疲れてはいるものの誰一人部屋にもどらないのは、今さら眠れそうにないというのが本音だろう。
終わってみれば、ネヴィルさん以外は無傷という、奇跡のような結果だった。
それでも俺が最後にとった行動に対し、鈴屋さんからきっちりとお叱りを受けてしまった。
俺にとってそれは、半笑いになってしまうような嬉しいことだったりする。
なにせ俺が死ぬことを許さないってのが根底にあるんだから、普通に嬉しく感じるさ。
ハチ子はハチ子で、そんな俺達のやり取りを聞いて「それこそが、アーク殿の魅力なのに」と聞こえるようにつぶやいてくれた。
本当にぶれないその真っ直ぐな気持ちに、やはり嬉しく感じてしまうのは、当然というものだろう。
シメオネはいまだに「一生ついていくにゃ」と夢見心地でつぶやいている。
いやね、そりゃまぁ……ここまでくれば、可愛く感じますよ。俺もすっかり猫耳もふもふ属性とやらに、目覚めてしまったらしい。
ちなみにラスターは、窓際で月を見上げながらウイスキーのようなものを飲んでいる。
はいはい、かっこいいですよ……と、突っ込まずにはいられない。
レイシィは、父親がワイバーンに変身して戦ったことに対し、少なからずショックを受けているようだった。
明らかに口数が少ない。
それでも、みなに飲み物を振舞うあたり、やはり彼女は強い子なんだと再認識させられた。
俺は、先ほどの戦いで手に入れた黒い竜鱗を眺めながら、レイシィが持ってきてくれたエール酒に口をつけている。
ワイバーン討伐の証拠は、今や崖の下だ。
それも、人の姿をしているのだろう。
事の顛末を冒険者ギルドに説明するのも面倒くさいと思い、放置したままである。なによりも、人の死体を探しに行くなんて、スタンドバイミーじゃあるまいしそんな気には到底なれない。
……まぁせめて、この鱗でも売って、明日の生活の足しにしようというところで、俺と鈴屋さんの考えは一致していた。
そんな中、重々しく口を開いたのはネヴィルさんである。
「私の妻……レイリアは……母さんはな、竜の信仰者だったのだ」
それは、この場において静かな……低く重い言葉の調べだった。
「レイリアとは幼馴染だった……彼女は生まれつき身体が弱くてな。いつ頃からだかは、わからないが……ある日、彼女は竜のように強くなりたいと思い、信仰に目覚めたらしい。しかし信仰に目覚めたレイリアは、あまりに若く、美しかった。故に竜の巫女として教団に担ぎ上げられたのは、当然の流れだったのかもしれない」
ネヴィルが視線を落とす。
その瞳はあまりに虚ろで、現実に向けられていないように感じられた。
「私は、教団の中で次第に自由を失っていくレイリアを不憫に思い、教団から遠ざけることにした。人里を離れて、ここへ移り住んだのだ。幸運なことに、レイシィも授けられた。それでも彼女が竜信仰を辞めなかったのは、少しでも長く生きてレイシィのそばにいたいからに他ならなかった」
レイシィは静かに、強い光を目に宿して聞いていた。
「レイシィが生まれて、3年ほど経った頃だ。あいつが、ハリスが現れたのは……。要件はレイリアとレイシィを、教団にもどせというものだった。しかし、その時すでに、レイリアの余命は長くなかった。レイリアが病で倒れ、そのまま息を引き取った時、私はレイシィを守る力が必要だと感じた」
「だから、竜信仰に目覚めたってのか?」
ネヴィルが黙って頷く。
「だが、それだけではない。高位の竜魔法の中に、リーンカーネーションという魔法がある。死者転生の魔法だ。私の真の目的はそれだった。そのために、レイリアを祭壇の石櫃に……」
「お父さん……」
レイシィが、その先を制する。
「お母さんは、転生なんて望んでないと思うよ?」
ネヴィルが、娘のはっきりとした言葉に、はっと顔をあげて目を歪ませる。
やがて震える声で、それに応え始めた。
「……あぁ…………あぁ。そうだ、そうだとも……きっと彼女は、転生など望んではいない。ただ……ただ、私とレイシィが息災であること……それしか望んでいないだろう……」
レイシィが黙ってネヴィルの隣に座り、その手を握る。
その姿に、少し胸が熱くなる気がした。
「再びハリスが現れたのは、ここ数カ月のことだ。目的は、レイシィだった。まぁ、何か悪さをしている節も感じてはいたが、まさか妻の眠る石櫃に盗品を隠しておくなど、考えもしなかった……」
「たしかに……隠し場所としては、一番安全だね」
ラスターの心無い言葉に、ネヴィルが頷く。
「すまない、こんなことに巻き込んでしまって……」
「いや……盗品は取り返せたからな。ワイバーンも、まぁ討伐できたし」
鈴屋さんの方を見ると、うんうんと何度も頷いていた。
「ネヴィルさん、何ならレーナにくればどうですか? ここよりも、安全かもしれませんよ?」
鈴屋さんの優しい申し出に、しかしネヴィルは首を横に振る。
「ここには妻がいる。私は、ここから離れる気はない。だが、レイシィは……一度ここから離れてもいいかもしれないな」
「お父さん!」
レイシィが思わず声を上げる。
「なぁに、ほとぼりが冷めるまでだ。冒険者殿、頼まれてくれないか?」
その申し出に、俺と鈴屋さんがもう一度顔を見合わせる。
話し合うまでもないさ。
その澄んだ瞳を見れば、考えは同じだと、すぐに理解できたからな。
「あぁ、かまわないぜ。俺たちが世話になっている宿付きの酒場に、働き口もあるからな。しっかりとエスコートさせてもらうよ」
「すまない、助かる。必ず迎えに行くから……レイシィ、いいな?」
レイシィはその言葉に対し、否定的に首を横に振りながらも、わかったとだけ答えたのだった。
「なんだかんだで、何とかしちゃうところが、あー君だよね~」
鈴屋さんのお褒めの言葉に、よせいやい照れるじゃねぇかと頭を掻いてみせる。
「ワイバーン討伐の依頼自体は、失敗だろうがな」
「それはちゃんと説明すれば、認めてくれそうだけど……」
「にしても、時間がかかるし……面倒だからパス。それに、レイシィ達にはこの方がいいんだよ」
そうだけど、と後方に視線を送る鈴屋さん。
そこには気丈にも、笑顔を見せながらついてくるレイシィの姿があった。
「レイシィには碧の月亭で、住み込みウェイトレスとして働けるように口添えするとして……盗品については、ギルドに返そうと思う」
「あ、アークさみゃ……あの……」
「あぁ。ヒートダガーについては、俺からグレイに話付けとくから」
ほらよ、とダガーを渡す。
「い、いいのかにゃ?」
「なに言ってんだ、そのために来たんだろ」
シメオネは、大きな瞳で渡されたダガーをまじまじと見つめながら、何か伝えたいのかパクパクと口を動かしている。
「シメオネ……一応、礼を言うべきだね」
ラスターにそこまで言われると、シメオネはハッとした表情で顔を上げて、大きな声で礼を述べた。
つくづく体育会系だなぁと俺は苦笑しつつも、肩を竦めて、礼には及ばないよと返答する。
「あー君……今回、あまり力になれなくてごめんね」
鈴屋嬢が、ひょこっと覗き込むようにして見上げてきた。
その仕草が可愛くて、しばらくこのまま眺めていたい気分だ。
「あぁ、いや……体調は仕方のないことだし」
「そうですよ、鈴屋。アーク殿には私がついてますし」
「シメオネもいるにゃ。一生……」
「……あなた達……いよいよ、ほんとにドサマギがすぎるかな?」
鈴屋さんがむっとして言う。
しかし、それでもどこか楽しげに見えたのは、気のせいではないだろう。
こんな大人数で行動したのは、何時ぶりだ。
もしかしたら、パーティを組んで冒険をしたのはここに来てから、初めてかもしれない。
「それはそうとアーク殿。いつもの……赤い鞘の武器が見当たりませんが」
ハチ子が、俺の身体に視線を泳がせてくる。
「えっ?」
赤い鞘……ニンジャ刀か?
驚いて背中に手にまわすと、たしかにハチ子の言う通りあるはずのニンジャ刀がない。
「あれっ……あれっ?」
「大部屋にいる時に、壁際に立て掛けていたのを見たけどね」
「マジかー……そういうの早く言えよ、ラスター」
「立て掛けるのを見ただけで、忘れてるかどうかまでは知らないよ」
……そりゃそうか。
「私が、取りに戻りましょうか?」
「いや……いやいや、何言ってんの。俺が行くよ」
溜息を吐きながらダガーを抜き、山道を見上げる。
またトリガー連発だな、こりゃ。
「先に行ってていいよ、30分もあれば追いつけると思うし」
鈴屋さんが少し心配そうな表情を浮かべていたが、たとえモンスターと遭遇したとしてもダガーの力で逃げ切れるはずだし……まぁ問題ないだろう。
「私が行ってくる?」
レイシィがさらに気を利かしてくるが、それにも手の平を向けて断る。
「本当に大丈夫だから。サクッと行ってくるよ」
これ以上話すと、シメオネまで参戦してきて長くなりそうなので、俺は半ば強引に話を切り上げて山頂に向けて移動し始めた。
ここから“竜の爪痕”までは、連続トリガーで数分だ。
一人だと、さらに移動が速くなる。
こんなに早く戻ってきたら、ネヴィルさん驚くだろうな、とか考えているうちに、中腹付近に到着する。
そして、さらにしばらく進んでいき……俺はある異変に気付いた。
「あれ……おかしいな……?」
トリガーをやめて、辺りを見回す。
参道の雰囲気が変わってきている。いつの間にか、中腹を過ぎたようだ。
「……見落としたかな?」
今度は転移せず、山道を下ってみる。
しかし……やはり、おかしい。
そろそろ“竜の爪痕”があった辺りなのだが、一向にあの建物が見えてこないのだ。
どこか言いようのない不安に襲われ始めたころ、俺はようやく見覚えのある景色に出た。
……中腹にある少し開けた場所……確かに昨日、シメオネと通った覚えがある。
「たしかこの先に山小屋が……」
腰に手を当てて、注意深く辺りに目を配る。
すると赤い鞘に納められた刀が、無造作に転がっているのを見つけられた。
しかしこの時、俺が何より驚いたのは、不自然な場所に落ちていた刀などではない。
「……なんだよ、これ……どういうことだ?」
そこには、あるはずのものがなかった。
そう。
あれほど、お世話になった建物がないのだ。
「いや……いやいやいや、悪い冗談だ。ここじゃなかったか?」
自分でもその考えは、おかしいと理解していた。
場所は、ここ意外に考えられない。
そういえば……この不自然な場所に落ちているニンジャ刀……ここって、あの大部屋があったあたりじゃないのか?
「そうだ。祭壇までの階段……倉庫は?」
一人狼狽しながら、さらに辺りを注視していく。
そして俺は確かに「ここがそうだった」という証拠を見つけてしまった。
そこには、昨夜ハリスと戦った痕跡……竜の爪痕だけが、地面にはっきりと残っていたのだ。
「あー君、お帰り~」
鈴屋さんが、いつもの笑顔で出迎えてくれた。
俺はホラーじみた先ほどの体験を、どう伝えるべきか……しかし、どこか恐ろしくて、伝えるべきではないのではと考え悩んでいた。
鈴屋さんには隠し事をしたくないけど。
その前に、確認をせねばなるまい。
「なぁ、レイシィ」
「はい?」
「変なこと聞くけど……君の父さんの名前、なんだっけ?」
「ネヴィルですよ?」
「……だよね。何年くらい、あそこに住んでたの?」
レイシィが目を閉じて、こめかみをトントンと叩く。
「んーと……私が生まれた時には、あそこに住んでたから12年以上かな?」
「そう……だよね」
不思議そうに見つめてくるレイシィに、俺は背筋が凍る気分だった。
建物が一瞬で消えた。
だがしかし、これはホラーじゃない。
ファンタジー的な魔法の話でもない。
レイシィは、たしかにあそこでネヴィルと住んでいた。
その記憶は、今もあるわけだ。
……なら……なぜ突然消えた?
これではまるで、役目を終えた建物と役者が、舞台から降ろされたようじゃないか。
建物が急になくなったり……増えたり……なんなら地形が変わるのとか、ゲームのリアルタイムアップデートに似ている。
だとしたら、これはここの世界が起こした事象ではない。
……ここの外側。
アウトサイダーの仕業ということになる。
「あー君、どうかしたの? 顔色悪いけど……」
鈴屋さんが、首をかしげるようにして聞いてくる。
俺は一瞬だけ言葉に詰まり、何でもないよと答えた。
ワイバーン編終了です。
次回は閑話休題、後日談を予定しています。
しばらく能天気に行きますよ~。