【アフターストーリー】虎・虎・虎!(8)
「おい、アホカゲ。黄昏てんじゃネェヨ」
ぼんやりと海を眺めていたら、後ろからラフレシアが声をかけてきた。
どうやら、海の家も閉店らしい。
「監視ごくろーさま。彩羽は?」
「寅虎にゃんを誘って、お茶しに行っテル」
「そうか」
流石だ。
きっと、フォローを入れてくれているのだろう。
彩羽は現実世界に戻ってから、どんどん精神が成熟してきている気がする。
それこそ、止まっていた時間を取り戻すようにだ。
今となっては懐かしい鈴屋さんはどこへやら、すっかり大人の女性だ。
「寅虎、強いよな」
「強くなんかネーヨ」
ラフレシアが呆れたような口調で返し、俺の隣に座る。
そして、目を合わせることなく続けた。
「寅虎にゃん。しっかり泣いてたゾ」
「そうか。でも、やっぱり強いよ」
「まぁ、ある意味ナ」
しばしの無言。
ところでラフレシアは、なぜここにいるのだろう。
その答えは、すぐに分かった。
「まぁ、オレも……ダナ。騙すようなコトして、ゴメンナサイ」
「なんだよ、らしくない」
「イヤデモな、ハッチィが許したとはいえ、さすがにアレはよくない行為だったと後悔してるんダ」
「まぁハチ子さんがいいなら、いいよ。ハチ子さんの考えがあってのことだし……一応その真意も聞いてるし。それにあれが、本当に寅虎のためになったってんなら、それはそれでな」
「そか。ほんとに、ハッチィのことが好きダヨナ」
「改めて言うなよ、恥ずかしい」
そして、また無言。
人工的に作られた波が、美しい波の音を奏でている。
スクリーンに映し出された夕陽に合わせて、海岸も鮮やかな色に染め上げられていた。
ちなみにこの施設は、夜になると船外の景色が映し出されるらしい。
前にラフレシアと行った、スノウパークと同じシステムだ。
そう言えば現実の星空は、ハチ子にも見せたいと思っていた景色である。
「ハッチィは、仮想世界で自分のキャラが操作されても、平気なタイプなんダナ」
「そうなのか?」
こくりと、ラフレシアが頷く。
たしかラフレシアは、自分の分身であるアルフィーが、泡沫の夢に動かされることすら嫌悪していた。
その辺は、本当に人によるらしい。
「仮想世界は仮想世界、現実とは関係ないと思えてるンダ。あんなに長く仮想世界を彷徨っていたのに、アキカゲの呼びかけだけで、あっさりと現実世界に帰って来れたのも、そのせいダナ」
「俺なんていまだにその境界線が、曖昧に感じているのにな」
「オレだって、そうダゾ。まさに 夢現ダ。きっと、現実世界に揺るぎのない 船の錨のようなものが……」
そこまで話して、言葉を止める。
そして目を丸くしたまま、オレを見つめてきた。
「ソウか。ハッチィにとって現実にいるアキカゲが、揺るぎのないアンカーなんダナ」
「俺が?」
「絶対に揺るぎのない、無条件で信じられる存在。自分の全て、なんダロ」
「カカカ、愛が深いぜ」
「現実至上主義って、リア充ってやつだからナ。そりゃ〜リアルが幸せなら、仮想世界の事なんか気にもならないヨナ」
妙に納得して、何度も頷くラフレシア。
リア充……うん、まぁ、それはそう。
俺とハチ子は、充実マックスの状態だ。
「さて、オレも寅虎にゃんを励ましてくるカ」
「俺は……」
「来ちゃダメに、決まってんダロ。大人しく帰って、ハッチィに報告して、ついでに甘えてコイ」
「ういっす」
立ち上がって、お尻についた砂をパンパンと払う。
ラフレシアは、何だかんだ俺のフォローに来てくれたのだろう。
ハチ子が信頼しているのは、この二人がいるからだとも思えた。
「ほとぼりが冷めたら、手合わせでもしてヤレ」
「ういっす」
拳を突き出してくるラフレシアに、コツンと拳を当てて返す。
それは共に長く戦った、信頼できる戦友との挨拶に似ていた。




