【アフターストーリー】虎・虎・虎!(7)
「どうしても、強い男じゃないと駄目なのか?」
何とはなしに聞いてみる。
もちろん俺は自分のことを強いだなんて、これっぽっちも思っていない。
そもそも俺より強い男なんて、いくらでもいるはずである。
そうなると寅虎の考える強さの基準は、どれくらいのものなのか気になってしまったのだ。
「強い男の遺伝子とか言ってたけど、別に寅虎が自分の子供を鍛えれば、その子は強くなるんじゃないのか?」
寅虎が顎に指を当て、考える素振りを見せる。
しばらく寅虎の返事を待っていると、やがて真面目な表情で聞き返してきた。
「秋景くんは、誰かのことを好きになるのに、何か明確な基準はあるのか?」
「基準なんてないな。もしかしたら好きになる人の法則性とかは、あるかもしれないけど。あまり深くは、考えていないと思う」
「ふむ。では、君の周りにいる女性は、なぜ君を好きになるのだ?」
「そんなに好かれてはいないと思うが……俺には、分かりかねるっす」
「そうか。私の場合は、強い男というものに魅力を感じるのだ。それは単純な力や、武術の修練度ではなく、気概のようなものに近い。君は『ここぞ』という時に強い気概を見せるし、実際に何とかしてしまう。みな、そんな君に魅力感じているのではないか?」
「それはさ。その状況に追い込まれて、仕方なくやっているだけで……」
しかし寅虎が、それは違うと首を横にふる。
「ここぞで頼れる男に、惚れない女なんていないぞ、秋景くん」
そんなふうに真っ直ぐ見つめながら言われると、さすがに照れる。
というか、まともに目を合わせられない。
「君と手合わせをした後に読んだ君たちの物語は、私にとって刺激的なものだった。私の分身であるシメオネが抱いた恋愛感情というものも、体験してみたいと思えた。そうすれば私の結婚相手も、もっと前向きに探せるのではないか、と思えたのだ」
「それって、十分前向きじゃないか?」
「歩を進める以上、前は向いているさ。しかし私にとって恋愛感情の確認や、自覚というものは難しいものだ。だから私は……してはならないことを、してしまったのだ」
「してはならない?」
寅虎が、少し表情を曇らせながら頷く。
「数日前、君の親愛なる女性の体を借りて、君と接した。秋景くん、何か覚えはないか?」
「親愛なるって、ハチ子さ……」
そこまで言って、思い当たる節が浮かんだ。
少し前にレーナで、ハチ子の言動が変だったやつだ。
そしてハチ子に確認したところ、ハチ子当人はダイブをしていなかったという……アレか。
あの時のハチ子の中身は、寅虎だったのか。
「第一夫人の方には、間接的に了承を得ていたのだが、アレはよくない行為だと改めて思った。君を騙してしまい、本当に申し訳ない。正直なところ、どう詫びればいいのか分からないでいる」
「いや……まぁ、ハチ子が了承してたのならいいんだけど……もうちょい詳しく、説明してくれる?」
寅虎が、申し訳なさそうにしながら頷く。
俺はてっきりラフレシアの悪ふざけだと思っていたのだが、寅虎はずっと罪悪感を抱えていたのだろう。
「私と手合わせをしたことがある、ラフレシアという娘がいるだろう? 彼女が凄腕のハッカーだと、弟に聞かされてな。彼女に相談をしたんだ」
むぅ……結局、ラフレシアも絡んでいるのか。
なんか裏で、いろいろとあったんだな。
「それからラフレシア殿が第一夫人の方に相談をしてくれて、少しだけならレーナで自分のキャラクターを動かしていいとなってな。それで恋人とはどんなものなのか、少し体験してみることになった」
よくハチ子は、そんなことを許したなと思う。
鈴屋さんなら、絶対にしないことだ。
「なるほど。それで、あのハチ子は違和感があったのか」
「違和感があったのだな……演じているつもりではあったのだが、本当に好いてる者同士なら分かるものなのだな。とにかくそれで、私が行きすぎた行動を取らないように、ラフレシア殿が感覚をリンクして監視をするという条件で、ダイブをしたんだ」
「感覚をリンク?」
静かに寅虎が頷く。
「レーナのハチ子殿に、私とラフレシア殿が同時に接続をする感じだ。基本は私が動かして、ラフレシア殿は感覚だけを共有している状態で、何かあればラフレシア殿に主導権が移って、私をログアウトさせることもできる」
「そんなことも出来るのか。あぁ、それで……」
あの日、ラフレシアの反応が少し変だったのは、つまりそういうことだ。
ラフレシア自身もダイブをし、モニターしていたのだろう。
「あの時の私は、騙している罪悪感から動悸が高まっていたのか、それとは別の感情なのか分からなかった。でも、今なら分かる。あれが“ときめき”というものなのだろう」
再び寅虎が、まっすぐに俺を見つめる。
「今日はありがとう。秋景くんの返事を聞かなくとも、答えは分かっている。第一夫人の方が如何に君を信用し、好きでいるのか。そして君が如何にして、それに応えているのか。十分に理解できた。それに、私をフルというのは、人を傷つける行為に似ていて辛いだろう?」
「それは……」
「いいのだ。今回は謝罪と、この感情が何なのか確認できただけで、私の目的は達成している。だから今日は、このままお別れをして帰ろうと思う」
「それで、いいのか?」
力強く頷く寅虎に、心の強さを感じられた。
俺なんかより、よほど強い。
「ではな、秋景くん。私の気持ちが落ち着いたら、その時はまた会おう」
「あぁ、待ってるな」
俺がそう言うと、寅虎はやはり真っ直ぐと目を見て、強く強く頷くのだ。




