【アフターストーリー】虎・虎・虎!(5)
「海といえばだ!」
寅虎がサングラスを弄りながら、フンスッと鼻息を荒くする。
たぶんサングラスがAR端末になっていて、何かを検索していたのだろう。
「コレを塗るらしいぞ!」
寅虎がにょ〜んと腕を伸ばして、小さなボトルを天に掲げた。
グリーンのボトルには、何かヌメッとした液体が入っているように見える。
「なにそれ?」
「ここは、日焼けをするエリアらしくてな。これを体に塗ると、日焼けを抑えられるらしいのだ!」
「あぁ〜、日焼け止めか。寅虎、肌白いもんな〜」
「小麦色の肌というものに憧れがあるのだが、私の肌はそれほど強くなくてな」
「へぇ〜意外だな。シメオネなんて、思いっきり小麦色だったのにな」
「だから、憧れていると言っただろう。仮想世界でなら、それが気軽に叶うからな」
なるほど。
仮想世界でなりたい自分になるというのは、至極当たり前の考え方だ。
そうなると寅虎は、もっと背が低くて小麦色の肌をした、元気な女の子になりたかったということになる。
「これでも小さい頃は、病弱だったのだ。今はすっかり元気になったが、肌が弱いのはどうにもならなくてな」
「そうか。まぁ寅虎は肌がすごく綺麗だし、塗った方がいいだろうな」
「ふぉぉ……」
両手で顔を隠して悶える寅虎。
相変わらず、羞恥心の沸点が謎である。
「塗るなら、早く塗ったほうが……」
「おぉ、そうだった!」
寅虎がボトルを俺に渡すと、仰向けで横たわる。
「さぁ、やってくれ」
「えぇ? 俺が塗るの?」
「当たり前だろう。デートなんだぞ?」
「ぐっ……それを言われると……」
しっかりとデートするぞと言っておいて、この申し出を断る訳にもいかない。
仕方なく両手に、ヌルヌルとした日焼け止めを出す。
ちなみに寅虎はというと、しっかり俺の目を見たままじっと待っていた。
まるで覚悟を決めた、まな板の上の鯉のようだ。
「あの、せめて背中にしない?」
「何故だ?」
「いや、だってよ……表面は胸とか……色々際どいし……俺が恥ずかしい」
「むぅ。仕方ない」
寅虎が渋々ごろんと転がり、うつ伏せになる。
俺としては、どうして仰向け状態で身体中触られることが恥ずかしくないのか、聞きたいところだ。
「じゃあ、いくぞ?」
「どんと来い!」
「なんだ、その表現は……」
ため息混じりで、背中に手を当てる。
そして、ゆっくり手を動かし……
「くっ……くくっ、くっ」
「くすぐったいなら、やめようか?」
「いや、続けてくれ。くっ……くふっ……これも、修行……だっ……はっ」
「なんの修行だよ」
呆れながら続けると、目の前で真っ白で綺麗な背中が、何度もビクビクとよじれる。
いやいや……これ、俺も結構な修行なんだが。
俺だって男だ。
無心かつ冷静に、こんなことを続けてられないぞ。
とりあえず、少しでも気を紛らわせるために目だけは逸らしておこう。
そう思い少し遠くを見てみると、海の家と書かれたテントが見えた。
どうやら、出店になっているらしい。
焼きそば、カレー、ラーメンと謎のジャンルでメニューが展開されている。
その中に、やたら客が殺到している店があった。
何だろうと、目を細めて注視してみる。
「いらっしゃいませぇ〜♪」
「ラーメンいかがッスか〜?」
ほぅほぅ。
なるほど、そういうことな。
どうやら店員が水着の女の子で、彼女たちを目的に列ができているようだ。
たしかに二人とも、スタイル抜群の……美人……?
……うぉい。
アレ、彩羽とラフレシアじゃないか。
これは偶然か?
いや、偶然じゃないな。
二人とも、思いっきり目が合った。
完全に監視に来ている。
ってことは、この状況をハチ子に聞いたか。
「おい、秋景くん。先ほどから、背中ばかり撫で回しているぞ」
「ちょっ、言い方!」
あまりの展開に、俺の脳内は軽くパニックだ。
とにかく今は、寅虎に集中だ。
次は寅虎の太ももに手を伸ばそうとする。
すると彩羽の目が、すぅと細まっていった。
久々に感じる「鈴屋圧」だ。
「どうした?」
「いや、あとは自分で塗れるだろ? それより、俺の背中にも塗ってくれよ」
「ふむ。確かにお互い塗り合った方が、恋人同士っぽいな」
ナイス機転だ、俺!
これなら文句もないだろうと、急いで寅虎に背を向けて座る。
最初から、こうすればよかったのだ。
「では、行くぞ?」
「おぅ、どんと来い」
むにゅ。
むにゅ、ヌルヌル。
うん、なんだこの感触?
いや、これ……
「寅虎、なにで塗ってんだ」
「おっぱいだが?」
「うぉっ、バカか、お前は!」
「恋人同士は、こうするんじゃないのか?」
「どこの間違った知識だよ、それ!」
「オイルを使ったプレイ集というものに、書いてあったのだが……間違いなのか?」
「完全に、そっち系のプレイじゃねぇか!」
あと何故、これは恥ずかしくないのだとツッコミを入れつつ、視線を海の家へと向ける。
そこには蔑んだ目で俺を見る、二人の姿があった。




