【アフターストーリー】虎・虎・虎!(4)
なんてこったい。
なんてこったいですよ、ハチ子さん。
いま俺の目の前には、人工の海が広がっています。
人工の砂浜に、人工の空……眩しい太陽のような光もあります。
鼻腔に広がる風の香りは……
「潮風……じゃないな。海水じゃなく、ただの水ってことか。海に似せて作ったプールって感じだな。感覚的にはレーナの方が海として楽しめるけど、これは現実として体験できるし、ここが宇宙船の中だって考えると、やっぱすげぇな」
ちなみに寅虎が何処に行くのか教えてくれなかったので、俺の水着はこの施設で購入したものだ。
上下長袖の黒いラッシュガードなので、斑鳩の格好に近い。
もっとも斑鳩では、この上に忍び袴を履いていわけだが……いずれにしろ、モブらしい地味さ加減だ。
見れば周りの客もラッシュガード(柄はカラフルだが)ばかりで、あまり肌を見せていない。
そう考えると、仮想世界とはいえレーナの住民は、露出度が高かったと思う。
シメオネなんて、超ミニのチャイナ服とか、踊り子の衣装とか色々と凄かったしな。
そんなふうに小麦色の肌をした元気ハツラツ娘のことを思い出していると、更衣室からその中身である寅虎が現れた。
そう言えば、ここにも一人いたようだ。
浮いてるくらい、露出度の高い女が。
「どうだ、秋景くん。私の水着は」
俺の目の前には、えらく布面積の少ない水着を身に纏った、高身長&スタイル抜群のクール美女が仁王立ちしていた。
「寅虎さん。すっごい周りから見られてるけど、恥ずかしくないの?」
「秋景くんに見せたくて、これを着たんだ。周りの目は、関係ないだろう?」
「いや、それは光栄なんですけども……恥じらいというか、そういったものは……」
「スタイルや容姿には、自信があるが?」
「いや、そうなんだろうけども」
「私は、秋景くんの感想を聞きたいのだが?」
相変わらず、すっごい真っ直ぐな人だ。
この素直な塊り、本当にシメオネのプレイヤーなんだなと再認識してしまう。
「素直に……だと、すごい美人だし、正直目のやり場に困ってたりする」
「ふ……」
「ふ?」
「ふぉぉぉぉ……」
寅虎が両腕を抱きかかえ、小刻みに震える。
何だ、その辺な悶え方。
妙な既視感を覚えるぞ。
「そんな自信家なのに、俺が褒めたくらいで嬉しいのか?」
「私にも、よく分からないのだ」
「綺麗だ〜とか、散々言われてきただろ?」
「うむ、星の数ほど言われている。実際、私はそれなりに美人だと自負している。だから綺麗だと言われたところで、何も感じなかった」
うぅむ。
これは、どういうタイプに当てはまるんだろう。
言われ慣れしているせいで嬉しく感じない、というわけでもなさそうだ。
「秋景くんは今日、私のことをふってくれるのだろう?」
あまりに唐突なセリフで、思わず言葉を返せなかった。
「話は聞こえていた。第一夫人の方が、秋景くんを独り占めしたいという気持ちも、最近は少し分かるのだ」
やはり返事に戸惑う。
こういう時、なんと答えればいいのか俺には分からなかった。
「だから今日は、私のこの気持ちが、恋なのかどうか確認させてほしい。私は、武道と強さにしか興味がなかった。男に対して求めるものも、強さのみだ。そこに恋心は……多分なかったのだ」
「強さに惚れるってのは、あるんじゃないのか?」
「だが、トキメキ……というものを実感したことがない。理解もできない。そんな人生だった」
寅虎が真っ直ぐに見つめ、小さく深呼吸をひとつする。
やがて胸に手を当てて、真剣にこう言った。
「この胸の中にあるチクチクとした……これがトキメキだというのなら、私は恋を経験したことになる。それを見極めるために、デートをしてれないか?」
「俺が寅虎を、ふる前提なのにか?」
「そうだ。それでも知りたいのだ。恋心というものを知らなかったからこそ、理解しておきたいのだ」
なんて真面目な人なんだろう。
そして、なんて強い人なんだろう。
心の中でハチ子の言葉が、さらに重く響いてくる。
俺はこの思いを受け止めて、答えなければならない。
「わかった。俺も逃げずに、全力でデートしよう」
「すまない、たすかる」
こうして俺と寅虎の、本当のデートが始まった。




