【アフターストーリー】虎・虎・虎!(2)
「はっはっはっ! 秋景君なら、私の正拳突きを受け止めてくれると思っていたぞ」
「めちゃくちゃクリーンヒットしたわ、馬鹿」
ハート型のソファに座り、いまだに痛む腹を押さえる。
ハチ子が心配そうに摩ってくれているので、痛みが和らいできている気がする。
「第一夫人の方、本で読んだぞ。たしか、ハチ子君だったかな? 私が、天常 寅虎だ」
「こちらでは一応、綾女と申します。あなたが、シメオネの元となったプレイヤーさんなのですか?」
「そうだ。レーナではAIに動かされていたようだが……私の分身であるシメオネは、強かっただろう?」
「はい。それから斑鳩では、妖魔将軍の『赤壁の竜土』を倒してくれましたよね」
「おっ、よく知っているな。アレは強かったぞー」
分かりやすく、ドヤ顔を見せる寅虎。
そういえば寅虎は、刀華の中身がハチ子だったことを知らないままだったな。
逆にハチ子の方は、斑鳩で共闘したシメオネの中身が、寅虎だったことに気づいているようだ。
おそらくフェリシモの発言から、推測したのだろう。
「まさか、あの可愛らしいシメオネ殿の中身が、こんな綺麗な方だったとは……驚きです」
「はっはっはっ! そうだろう、そうだろう。毎日欠かさず、鍛えているからな!」
見た目だけクール美人が豪快に笑って、ムキっと腕の筋肉を見せてくる。
ハチ子が言っているのはそういうことではなく、単純に外見のことを褒めているのだと思うのだが、訂正する気も起きない。
何せ目の前にいるのは超絶美人モデルの外見をした、非常に残念な脳筋なのだ。
まともに会話を成立させるだけでも大変だ。
「今日はラスター……弟さんは、いらっしゃらなかったんですか?」
「龍竜は、基本的に引きこもりだ。そう簡単に、部屋から出てこない」
「どうせレーナで、シメオネのAIを見張ってるんだろ?」
しかし寅虎は、首を横に振って否定する。
「この間、セキュリティが上がっただろう? アレのせいで、今はあの世界に入れないらしいぞ」
おぉ……ついに、龍竜クラスのハッカーも閉め出せたのか。
といっても、ラフレシアは入れるんだろうけどな。
「それはそれとして、だ。秋景くん」
「うん?」
「結婚おめでとう」
「お、おぅ?」
「結婚しよう」
「お……はぁ?」
突拍子もないことを言われて、思わず返す言葉を失う。
「前々から言ってあっただろう。第一夫人の座は譲るから、第二夫人にしてくれと」
「言ってはいたが、承諾した覚えはないぞ!」
「うん? 前にいた二人は、結婚してしまったのだろう? では、第二夫人は私でいいじゃないか?」
あまりの謎理論に、口をパクパクとしてしまう。
だめですー。
この人頭おかしいですー。
「第一夫人の方は、どう思う?」
「私ですか? そうですね……」
なぜか首を傾げて、考え始めるハチ子。
考える余地があるのだろうか?
「寅虎殿は、アーク殿のことが好きなのですか?」
「好きだぞ?」
「ふむ……」
またしても、考え込むハチ子。
何を考えているのだろうと、俺と寅虎が答えを待つ。
「では一度、アーク殿とデートをしてください」
「へ?」
間抜けな声をあげたのは、俺の方だった。
ちなみに寅虎は、目をパチクリとさせている。
「アーク殿、いいですね?」
ハチ子が人差し指を立てて、ずいっと近づいてくる。
圧がすごい。
断らせない気だ。
「え、いや……なんで?」
「これは、レーナでの私なのです、アーク殿。レーナで鈴屋は、私の気持ちに気づいても尚、私をアーク殿から遠ざけるようなことはしませんでした。なんなら、二人きりになる時間すら作ってくれました。私は、それに倣いたいのです」
「いや……いやいやいや、それは」
「アーク殿」
ハチ子が、スッと俺の耳元に唇を寄せてくる。
「私を好きでいてくれるのなら、しっかりと断ってください。もう鈴屋のように……相手にそんなことをさせないように……ご自分で、です」
それを言われてしまうと、反論できるはずもなかった。
俺は彩羽を傷つけたくないが故に彼女を選ぼうとし、結果的に大きく傷つけてしまった。
俺の気持ちに俺よりも気づいていた彩羽が、俺とハチ子のために自らを傷つけてまで、俺を“ふってくれた”んだ。
ああさせたのは、俺の落ち度だ。
「ただし、相手の気持ちをしっかりと受け止めてからです。レーナでアーク殿がハチ子の気持ちを汲んでくれたように……そうすれば、納得できるはずです」
ハチ子の熱い思いに、俺は覚悟を決めて頷くのだ。




