【アフターストーリー】甘えエル・ハチ子(3)
目が覚めると、アプデも映画も終わってしまっていた。
……ってことは、1時間以上眠っちまったのか。
とりあえずシステムを終了させて、ヘッドギアを外す。
時間は、ちょうど夕方くらいだろうか。
隣にハチ子の姿はない。
シャワー室から音が聞こえているので、きっとシャワーを浴びているのだろう。
まだ頭がはっきりと起きていないせいか、さっきのハチ子との事も夢のように感じてしまう。
「駄目だ。まだ眠いな」
とりあえず顔を洗い、ハチ子が淹れてくれたのであろう珈琲をカップに注ぐ。
立ったままで少し熱めの珈琲を喉に流し込み、ぼんやりと外を眺めていると、窓の外に見慣れた人影が横切った。
彩羽とラフレシアの二人だ。
そういえばレーナで、夕方に来るとか言ってたな。
あれが夢じゃなければ、だが。
「あーにぃ、おっつー」
「なんだ、アキカゲ。寝起きカヨ?」
手を繋いだまま入ってくるとは、相変わらず仲がよろしいことで。
まぁ、この二人も新婚だしな。
「夕飯、一緒に食べるんだって? みんなで作るのか?」
「ん〜ん。今日は、ハチ子さんが作るんだよ?」
「オレたちは盛り付けと、片付け担当ダ!」
ビシッと二人で、同時に親指を立ててくる。
むぅ、じゃあハチ子一人で作るのか。
さすがに俺も手伝おう。
とりあえず、ハチ子が買ってきたっぽい野菜を洗い始める。
すると、すぐにワンピース姿のハチ子がやってきた。
「あぁ、アーク殿! ハチ子がやりますよ」
「いいって、いいって。これくらいは手伝うよ。ハチ子さんは、料理を進めて」
片方が家事をしていたら、自分のできることを見つけて手伝うってのが、うちのルールだ。
小走りで駆け寄ってくる可愛い嫁に、家事の全てを押し付けることなんてことができようか。
「ひゅーひゅー、らぶらぶー!」
「素敵な旦那サマダナ」
後ろから冷やかしの声が聞こえてくるが、君らも大概だからな。
あと普通に顔を真っ赤にして何も言えなくなってるウチの嫁は、まさに可愛いの化身だ。
「というか、結局アーク殿とハチ子さんなんだね」
「まだアッチに、いるつもりカヨ」
「うるせー。もうこっちのが、しっくりくるんだよ」
「でもたまに、綾女って呼んでくれるんですよ? ここぞって時に」
「……ここぞってナンダヨ」
「聞いちゃダメだよ、ラフレシア。耳が汚れちゃう」
「コワイ・コワイ」
「大人の世界はコワイんですよー」
彩羽とラフレシアのコンビいじりに対して、しれっと差し返すハチ子さん、いつも素敵です。
よく見たら、まだ少し髪が濡れている。
よほど慌てて出てきたのだろう。
俺はバスタオルを手に取ると、ハチ子の後ろからバサリと被せた。
「あっ」
そしてそのまま優しくタオルで髪を包み、水分を吸わせていく。
「あ、あの……」
「そのまま、そのまま。あっ、髪が入らないように注意しててね」
「は、はい」
照れくさそうに笑みを浮かべるハチ子に、愛情が爆発してしまいそうだ。
その華奢な後ろ姿を見ていると、無意識のうちに腰へと手向かってしまい……
「ふぁっ」
思わず、力強く抱きしめてしまった。
ハチ子は驚きのあまり一度だけ体を大きく震わせたが、すぐに力が抜けていく。
「あ……あぁく……どの?」
「いや、こっちでも不意打ちでして欲しいって言うからさ」
「不意打ち?」
「いや、さっき……」
ハチ子はキョトンとした顔で、しかし目はトロンとさせたまま、俺を見つめてくる。
というか……これ、さっきの出来事を知らない感じだ。
じゃあ、あれはやっぱり夢だったのか?
「アキカゲ〜。オレたちの目の前で、キスとかすんなヨナ?」
「あーにぃ、そのまま好きとか言っちゃいナヨ!」
後方から追い打ちをかけるように、ヤジが飛んでくる。
まさか。
いやいや、まさかな。
まさか、あの二人のうちのどちらかが、ハチ子のアカウントをハッキングして……なんて……ないない。
それに、セキュリティもアップしたばかりだし……いや、アップする前だな、タイミング的に。
そうなると、むしろタイミングが良過ぎるような……
いやいやいやいや……
「なぁ、ハチ子さん。買い物って、どっちと行ってたの?」
「どっち? 鈴屋とですよ?」
無言のままチラリと、ラフレシアに視線をおくる。
するとラフレシアは顔を赤くして、すい〜っと半目のまま顔を横に向けてしまった。
こ、これは……
「どうかしたのですか、アーク殿?」
「いや……何でもない……ッス」
「?」
不思議そうに見上げてくるハチ子に、引きつった笑みを返す。
世の中には、真実を知らないほうがいい事もある。
俺はこれ以上この事には触れないでおこうと、心に決めたのだった。
※尚、後日確認したところ、犯人はラフレシアではなかったという……犯人は……
さて誰でしょう、作者は知っています笑




