【アフターストーリー】甘えエル・ハチ子(2)
俺たちが買った別荘は、レーナの街の中心部から離れた、海の見える丘の上にある。
ここはアウトサイダーが購入できる拠点専用の区画で、基本的に泡沫の夢が近寄らない場所となっている。
今はまだ俺たちの別荘と、鈴屋さんたちの別荘の二軒しかない。
掃除などの必要もないため、中は綺麗なままだ。
とりあえず窓を開け、海から駆け上がってきた風を迎え入れる。
潮の香りを感じながら目を閉じると、ハチ子が黙って腕を絡めてきた。
「アーク殿」
「ん?」
「もう一度、聞きたいです」
ものすごい甘えモードだ。
「好きだよ?」
「ふぅぉぉ……」
「なにその、リアクション」
思わず笑ってしまう。
「ふへ?」
「いやさ。さっきから、リアクションが変というか」
「変……ですか?」
「なんか独特というか……面白いし可愛いけどな」
カカカと笑うと、ハチ子がうつむく。
恥ずかしいらしい。
「その……さっきはついチュゥをしてしまいましたが、今はちょっと……そういうのは、ナシの方向で」
「お、おう。なんで?」
「いや、その……罪悪感というか」
「罪悪感?」
「あぁっ、いや……ちょっと引っ付いていたかったというか、イチャイチャしたかっただけなので、そういう本格的なやつはアッチでしましょう」
「おぅ?」
何だかよくわからないけど、とにかく引っ付きたいのか。
じゃぁ……と俺は、ハチ子の後ろから腰に手を回し、強く引き寄せてみた。
「ふぉぉぉぉ!」
「その反応は、変わらんのな」
やはり反応が面白くて、吹き出してしまう。
「いいデスね。できれば、もうちょっと強めに抱きしめてもらえますか?」
「こうか?」
今度は、ぎゅぅと力を込めてみる。
ハチ子の細い腰が俺の腹部に引き寄せられて、完全に隙間がないような状態だ。
苦しくないのか、少し心配になってしまう。
「も、もっと強めに……できれば、パワーマックスでお願いします」
「マッサージじゃあるまいし、本当に大丈夫なのか?」
ハチ子が、コクリと頷く。
俺は仕方なく徐々に力を強めていき、最終的には目一杯力を込めて抱き寄せた。
細い腰が折れてしまいそうで、怖いくらいだ。
「ふぉぉ……これは……すごぃ……」
「マジでこんなのが、嬉しいの?」
「すごく、幸せなのですよ」
「男の俺には、よくわからんやつだな」
「今度、アッチでも試してみてください。できれば、不意打ちで」
「すげぇ〜オーダーしてくるな。まぁ、いいけどさ」
さすがにこれ以上はと思い、ハチ子を解放する。
ハチ子は少し恥ずかしそうにしながら振り向くと、俺の胸に顔を埋めてきた。
「名残惜しいのですが、帰りましょう」
「うん? もういいのか?」
「はい。十分に堪能できましたので」
確かにハチ子は、満たされた笑顔を見せている。
充電完了といったところなのだろう。
俺たちはしばらく無言で見つめ合い、そのままログアウトを行なった。
意識が現実世界に戻ってくると、ヘッドギアにはシステム画面が映される。
右上の方で何かが点滅していたので、視線を向けて選択してみると、どうやらそれは七夢さんからのメッセージのようだった。
──セキュリティ上げといたから、アプデしといて。
なんとも短いメッセージだ。
とりあえず言われるがまま、アプデを更新してみる。
──生体認証が必要な更新です。更新が終わるまで、ヘッドギアを装着したままお待ちください。
──更新完了まで、一時間三十分。
うぉ、そんなに待つのかよ!
なんか映画でも見ながら、のんびり待つか。
そういや昨日、途中で寝落ちした映画があったよな。
その続きでも見てみるか……と、アプリを起動させる。
しかしこの手の映画は、得てして同じところで寝落ちをしてしまいがちである。
案の定、俺は映画が始まってから、ものの数分で眠ってしまったのだ。




