【アフターストーリー】甘えエル・ハチ子(1)
ここは、昼下がりのレーナ。
フェリシモねぇさんに協力の相談を持ちかけたのは、数日前の話だ。
今日は特に明確な任務もないまま、碧の月亭の屋根の上で寝そべっていた。
俺に外側の人を引き寄せる力があるというのなら、こうしているだけで現れるはずなのだが……改めて考えてみたら、なんだその摩訶不思議な能力。
しかし、ただ寝ているだけってのも働いている気がしない。
次は生き餌らしく、もっと街の中をウロウロしてみようか。
そんなことを考えていたら、この日初の訪問者が現れた。
「あ・あ・く・ど・の♪」
振り向くと、黒いワンピース姿のハチ子が立っていた。
レーナでも現実でも可愛い、俺の嫁です。
「あれ? いろ……鈴屋さんと、夕食の買い出しに行ってたんじゃないの?」
「まぁ……はい。そんなことより」
スタスタと近づき、隣に座る。
距離が近い。
まぁ、嫁だしな。
「アーク殿」
「うん?」
見上げてくる顔が可愛い。
何度も見ているはずなのに、これだけは出会った頃から変わらない。
「私のこと、好きですか?」
「え? うん」
「言葉で、お願いします」
「好きだよ?」
ハチ子が大きく目を見開き、深く息を飲み込む。
そして真っ赤になった顔を隠すように、横を向いてしまった。
「ふぉ……ぉぉぉ……ヤバい、これはヤバい」
「ハチ子さん?」
「は、はい。何でもありません」
何だか反応が変だが、体を震わせるほど喜んでもらえるのは嬉しいものだ。
「ハチ子さんは?」
「はい?」
「いや、俺のこと……?」
その先にある言葉を、促してみる。
ハチ子はしばらく俺の目を見つめ「なんのことだろう」と考えていたようだが、やがて俺が求めている答えに気づいたのか、またも頬を夕焼けよりも朱に染め上げ、僅かに唇を開いた。
「す……す、す、好き……デス」
ぅぉ。
なんだこれ……妙に初々しい感じ。
いつもは、もっと、こう……すんなり言う気がするのだが……
まぁでも、もちろん嬉しいわけで。
そんな雰囲気になるわけで。
自然と顔を寄せてしまい……
「ちゅ……ちゅ……チュゥするの……デスか?」
「え……聞く? それ」
「そ、そう……デスよね。チュゥしましょう」
ハチ子は目をぎゅっとつむると、ぎこちなく顔を寄せてきた。
なんか変な感じもするが、俺は少しソフトめに唇を押し当てる。
わずかな時間だったが、ハチ子はよほど嬉しかったのか、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「ふぉぉぉ……ふぉぉぉ……ぉぉおぉ」
なんか、変な声を出して悶えている。
……変だ。
なんか変だ。
俺は、この違和感を過去に体験しているぞ。
確かあれは、“観察する魔神”ドッペルゲンガー・バルバロッサに襲われた時だ。
しかしアレは、鈴屋さんの怒りを買って消滅したはずだ。
だとしたら、このハチ子は……?
「とりあえず、アッチに帰る?」
「もうちょっとココで……いや、何なら別荘に行きませんか?」
現実世界のことを認識しているし、別荘のことも知っている。
もしもバルバロッサが完全観察をし、〆変身まで完了していたら可能なのだろうが。
いやいや、俺の思い過ごしか。
「イチャつくなら、アッチに帰ってからでも」
「アッチだと夕方には鈴屋とアルフィーが来るそうなので、その前に少しだけイチャつきたいのです」
おぉ……可愛い。
じゃない、こちらに持ち込まれていない、数時間後に起こる現実世界の情報だ。
これは、バルバロッサにも読み取れないだろう。
やっぱり、俺の可愛い嫁のようだ。
「んじゃぁ、ちょっと寄ってくか」
「はい♪」
笑顔で頷くハチ子を抱き上げ、俺は別荘に向かって連続トリガーをし始めた。




