【アフターストーリー】フェリシモ・ライオット(2)
「実は俺さ、赤い燈の人物を探しているんだけど。よかったら手伝ってもらえないかなぁ……なんて」
恐る恐る、聞いてみる。
このねぇさんは、どこに逆鱗があるのか分からないので、本当に怖いのだ。
少しでも触れたら、ひと呼吸のうちに殺されかねない。
フェリシモはしばらく海を見つめ、やがて盃を無言のまま差し出してきた。
「この間のも、それかぁい?」
この間?
あぁ、斑鳩でのことか。
あそこの世界について、詳しく説明をするのは難しそうだな。
「まぁ、そんなところだ」
さらに、無言。
きっと頭の中では、相当な速さで思考を巡らせているのだろう。
「見つけて……連れて帰るっていうことだねぇ?」
「察しがいいな。迷子の赤い燈を、本来の帰るべき場所に連れて帰すんだ」
「なるほど、なるほど〜。それが“今の”しょうねんの役割なのかぁ〜」
「今の?」
そこでフェリシモが、すっと顔を近づけてきた。
まるでキスでもするかのような、鼻先が軽く当たってしまうほどの近さだ。
吐息を感じる距離に、思わず唾を飲んでしまう。
「あの完璧でいようとしていたしょうじょが、魔王となったしょうねんを連れて帰ったんだろぅ〜?」
しょうじょ……鈴屋さんのことか。
軽率に答えられない領域だ。
外の世界を認識している泡沫の夢に、どれほどの情報を明かしていいのか分からないのだ。
「それで今度はぁ、しょぅねんがその役割を担うってわけかぁい」
「あぁ、ええっと……何て言うか、ソレ、答えにくいんだ」
「そんな濁した返事で、この私に協力をしろと言うのかねぇ〜?」
「それは本当に、その通りでして……」
なるほど……この距離は「絶対に逃がさないよぅ」っていう意味なんだな。
さすがに目を逸らすこともできないし、言葉も濁しにくい。
圧倒的なプレッシャーだ。
そんな紛れもないピンチの中、唐突に俺の助け舟がやってきたのだ。
「別に無理に協力してもらわないでも、いいのですよ?」
背後から聞こえる我が嫁、ハチ子の声に反応し、ねぇさんが静かに振り向く。
「それと、私の夫に対して、その距離は不適切です」
キッパリと言い放ち、俺たちの背後に座る。
シミターに手をかけたり、フェリシモと俺の間に割って入ったりもしない。
ハチ子らしい、一歩下がった距離で、見守る感じだ。
「そぅかい。ただの忠実な犬だと思っていたのだがぁ、存外、お前が射止めたんだねぇ」
「はい、射止めました」
はぅっ!
今まさに、射止められました。
「それでぇ? 二人で、迷子探しってわけかい?」
「そうです。夫婦でお仕事です」
ふむ……と、フェリシモが頷く。
無言のまま長考を重ね、やがて音もなく立ち上がった。
「探すのは面倒だからぁ……もし、たまたまぁ見かけたら、君たちに声をかける、それでいいかぃ?」
「うぇ!? ねぇさん、手伝ってくれるの?」
「まぁこの条件ならぁ、私は特別なにもしないからねぇ。その代わりぃ」
はい、その代わり。
ねぇさんとの交渉において、条件はつけてくれた方が助かる。
無償ほど怖いものはないからな。
「たまには私と遊んでくれたまえよ、しょうねぇん」
妖艶でありながら、明確な殺意が込められた微笑みだった。
この殺意には、冗談が混じっていない。
しかし灯火を見る瞳は、七夢さんでも解析ないプログラム=能力だ。
俺との模擬戦だけなら、代償としては悪くないだろう。
「いいぜ。交渉成立だ」
するとフェリシモは満足げに頷き、闇の中へ溶け込むように消えてしまった。
「いいのですか、アーク殿?」
「まぁ、感覚共有しなきゃいいだろ〜安全だし」
「それは、そうなのですが……」
ハチ子が隣に座り、甘えるようにもたれかかってくる。
「ハチ子も、役に立ちたいのです」
「じゃぁ、二人でヤルか」
驚いたハチ子が、顔を上げて目を大きく見開く。
「いいのですか?」
「カカカ、ありあり。あのねぇさん、たぶん喜ぶと思うぜ?」
「確かに。でも……それだと尚更、負けられないですね。夫婦としても、バディとしても」
「うあ、ほんとだ。一人で負けるのとは、意味が違ってくるなぁ」
「ふふ……それは、大丈夫ですよ」
そう言って、ハチ子が俺の頬に唇を押し当て……
「悔しい気持ちは一緒なのですから、負けたらまた二人で挑めばいいのです」
とびきりの笑顔を添えて、俺を支えてくれるのだ。




