【アフターストーリー】フェリシモ・ライオット(1)
ここはレーナ、時間は夕暮れ時。
今回のダイブは俺がサルベージャーとして受けた、初の仕事となっている。
ちなみに、公私ともにパートナーとなったハチ子は『セブン・ドリームス・プロジェクト』の専用施設『A−二塔』で、定期健診を受けている。
ハチ子は「後からでも必ず行きます」と言っていたが、今回の任務……というか仕事が、そこまで長引くかどうかは疑問だ。
とにかくそういった理由もあり、俺は部屋から一人でダイブをしている。
「さて……そろそろ来ると思うんだけどな」
ダイブしてから数時間、俺は人気のなくなった港の端っこに座っていた。
これは、いわゆる釣りである。
餌は自分で、狙っている獲物は自らを泡沫の夢だと自覚している女性だ。
彼女を釣るには、一人でいるということが重要となる……はずだ。
「あの話が本当なら、だけどなぁ」
あの話とは、斑鳩での最終戦……タワーディフェンスの時に聞いた話のことだ。
まぁ〜俺から会いに行ってもいいんだが、あそこは邪魔が入りそうだしなぁ。
やはりここで待ち続けるのが、一番早い……
「しょうぅねぇん。流石にこれは、あからさまだなぁ?」
来た。
思った通りだ、やっぱり来たか。
「もしかして、誘ってるのバレバレだった?」
「まぁねぇ。少年の思惑通りに動くのはぁ、些か気に入らないのだがぁ……せっかくだから、のってやることにしたよぅ」
「カカカ、ありがてぇよ。で……俺が“見えた”のか?」
「あぁ〜“見えた”よぅ」
なるほど。
この人には、本当に見えているようだ。
命の燈の色を見ることができる、この世界でも特別な存在。
泡沫の夢は、青に。
アウトサイダーは、赤に。
アウトサイダーが抜けて泡沫の夢が宿っていると、紫に。
迷えるドリフター……つまり人間の意識がどこに居るのか認識できるという、七夢さんでも知らないプログラムだ。
「久しぶりに見る“赤”だったからねぇ。しかも、人気のないところで動かない。すぐに少年だと気づいたよぅ」
そう言って、俺の隣に片膝を立てて座る。
というか、少しもたれかかってきている。
距離が近く、緊張感が走る。
「そういや、フェリシモねぇさんの名前って、フェリシモ・ライ……」
そこでフェリシモが、俺の唇に人差し指を一本立てて言葉を遮る。
「アーク、その先はダメだ。私の真名は、そう易々と口にすべきじゃない」
今まで聞いたことがない低い声色に、背筋が凍る思いがした。
「す、すまね……っていうか、アークって……」
「どこで私の名を聞いたのか知らないが、その名を呼ぶのなら、私は君のことをアークと呼ぼう」
「それは……えぇっと、どういう意味で?」
「私の名前を呼べる権利を持つということは、命を共にする覚悟を持つということさ」
「命を共に……?」
「伴侶となって添い遂げる覚悟を持て……ということだよ、アーク」
予想外すぎて、思わず返す言葉を失ってしまう。
「いや、それは軽はずみでした。ねぇさん。実は俺、結婚したんスよ」
「じゃぁ〜尚のこと呼んじゃだめだぁ、しょぅねぇん」
よかった、いつもの口調に戻った。
今ちょっと、マジで殺されるかと思ったぞ。
「それでぇ、私になんの用なんだぁい?」
「あぁ、えっと……そうそう、ねぇさんのその目についてなんだ」
そう。
今回の俺の任務は、ねぇさんの目を使って、ドリフターを探せないか相談をすることだった。
七夢さんの調べによると、フェリシモ・ライオットというNPCは重要なイベント進行キャラとして制作されていたそうだ。
しかしいくつかのNPCやイベントには、プログラムの解析や改変ができないように、ロックがかかっているらしい。
それもこれも七夢さんが、この世界の元々の制作会社である『羅喉』から、半ば強引に買い取ったせいだろう。
ラーフは会社としては潤っただろうが、制作に関与した社員にとっては面白くないはずだ。
人気のあるゲームを強引に買い取られ、制作途中の斑鳩も取り上げられたのだ。
自分の考えたキャラやシナリオが世に出なかった事に対するささやかな抵抗として、こういったロックをかけるなんていう嫌がらせがあっても、仕方のないことだと思う。
結論、七夢さんのせいだな。
まぁそんなこともあり、俺はこうしてフェリシモのねぇさんに直接頼み込むという、変な任務を受けたのである。




