【サイドストーリー】鈴屋さんとダメージ・リングっ!(4)
素手……とはいえ気闘法を使ったら思いっきりダメージはいく。
シメオネ直伝の格闘術〈エイジアン・アーツ〉で、軽く当てるだけの手加減プレイだ。
……いや、でも……
相手はビキニアーマーだ。
そこに当てるのか?
「オレの手でパンツひん剥いて、全裸にしてやるッス!」
「女の言う台詞じゃねぇ!」
リーンがワンステップで、踏み込んでくる。
しかも、意外に鋭い動きだ。
さすがはラット・シーの元傭兵。
むしろ騎士としての戦闘よりも、インファイトでの殴り合いの方が得意分野か。
何よりも大きく振りかぶる拳が、俺の下半身に向けられているのだと思うと背筋が凍る。
だが、俺も負けるわけにはいかない。
細かいステップで後ろへ左へと移動し、間合いをズラしつつ、大きく距離をとってから反撃の一手を打つ。
「飛竜三連脚!」
これまた、シメオネ師匠直伝の空中三段蹴りだ。
一段目の回し蹴りでリーンの拳を蹴り、攻撃を止める。
驚くリーンに対し、俺の体は動きを止めない。
そのまま空中で体を捻りながら、無防備になったリーンの背中、そしてお尻へと連続で軽く蹴りを当てる。
胸と股間を狙わない、しかも手で触れないという、極めて紳士的な攻撃だ。
我ながら凄い技術だが、こんなもの誰も誉めてはくれないだろう。
俺は転がるようにして着地をすると、リーンの姿を確認するために振り向こうとする。
「だ、ダメッスー!」
「な、なにぃ!」
俺が振り向いた瞬間、リーンが凄まじい速さでタックルをしかけて……いや、抱きついてきた。
同時にリーンの赤ビキニは、ビリビリと破れて四散してしまう。
俺は慌てて両手をあげ、視線を空へと向けた。
「俺の勝ち……だよな?」
「……ッス」
良かった、ようやく納得してくれたようだ。
「で……これ、どうやったら幻術を解除できるんだ?」
「無理ッス。半日経ったら元に戻る……らしいッス」
「うぇぇ、解除不能なのかよ。半日……夕方前くらいか。じゃあ、とりあえず何か羽織る物でも探すか」
「無駄ッス。この状態になると、羽織った物も透けるらしいッス」
ほう。
ほうほう。
アホなのか?
お前は俺に対して、半日も強制全裸の呪いをかけるつもりだったのか?
というか、シェリーさん。
ぜってぇ、どっかで見て笑ってるだろ。
「どうすんだよ、マジ」
「そこに獣人御用達の、酒場 兼 宿屋があるッス」
「……知ってる」
なぜならそこは、シメオネ達の根城だからな。
こんなところをシメオネに見られて、あの怖いねぇさんに伝わりでもしたら、秒で殺されるぞ。
「部屋とって、半日そこで過ごすッス」
「待て待て、わっかてるのか? この状況で酒場に入るんだぞ? パンイチの裸忍者に、兜だけ被った全裸の女が抱きついてんだぞ?」
「人形態なら、大丈夫ッス。獣化したら、エロい目で見られるかもッスけど……人間相手には関心ないはずッス」
「そ、そうなの? いやまぁ、俺も猫とかネズミに発情はしないけども……そんなものなのか?」
「どちらにしろ、それしかないッス」
どうしよ。
もう泣きたい。
でも見た目が全裸のリーンは、もっと泣きたいはずだ。
テレポートダガーを使いたいところだが、見えなくなっているので投げることに抵抗があるし、こうなったら俺が、なんとか部屋まで連れて行くしかないようだ。
「仕方ない、行くぞ」
俺は大きめのため息をつくと、リーンに抱きつかれたまま、ジリジリと黒猫の長靴亭へと歩を進めていった。
ちなみに見た目は裸だが、視覚的にそう見えるだけで、実際は鉄鎧に抱きつかれている感触しかない。
その証拠に、ガチャガチャと鎧の音だけが聞こえている。
それでも裸に見えるのは事実なわけで、一応リーンのお尻を隠すように右手を持ってきている。
行き場のない左手はリーンの肌を少しでも隠せるようにと、背中へ回している。
側から見れば抱きしめているようにしか見えないだろうが、それよりもリーンを守ることが先決である。
幸い通りに人はおらず、酒場までは無事に到着した。
しかし酒場の中には既に何人かの獣人がおり、一気に注目の的となってしまう。
どよめきに紛れて「昼間から欲情してんじゃねぇよ」的な声が聞こえてきて、死ぬほど恥ずかしい。
シメオネ達の姿が見えないことだけは、本当に救いだ。
「おやじ、部屋だ」
「お客さん。おっ始めるなら、部屋についてからにしてくれよ」
「うるせぇ、色々と事情があんだよ」
「まぁ獣人好きの男ってぇのは、性欲が強い奴が多いからねぇ」
おい、リーン。
思いっきり、獣人だとバレてるんだが?
「部屋は、二階に上がってすぐだ。頼むから階段とかで、おっ始めるなよ?」
「やらねぇって」
俺は部屋の鍵を受け取ると、リーンを隠すようにしながら慎重に二階へと上がる。
リーンの表情はわからないが、何も声を発せられないくらいに恥ずかしいのだろう。
少し気の毒に思えるが、元はといえばこんな指輪を持ってきたリーンのせいなわけだし、俺は無実だ。
俺は無実だって言葉を、何回も言っておきたい。
とりあえず部屋までたどり着くと、ゆっくりと扉を閉める。
「おい、着いたぞ?」
「うん。向こうむいててほしいッス」
言われるがまま、壁の方へと体を向ける。
リーンはズリズリと俺の背中へと移動し、静かに離れる。
そして後ろから、ガチャガチャと鎧を脱ぐ音が聞こえた。
「おい。お前、脱いでないか?」
「どうせ何着ても裸に見えるんなら、脱いだほうが楽ッス」
「いや、まぁ、そうかもしれんが……」
「アークさんも、パンイチになるッス」
「なんでだよ!」
「オレだけ脱ぐなんて、フェアじゃないッス。恥ずかしくて死ぬッス。女の子に恥かかせるんスか?」
「いやいや……」
まぁでも……言っていることは理解できる。
ここで俺が忍び装束を脱がなかったとしても、見た目はパンイチのままなわけだし……それでリーンが楽になるというのなら、そうしてやるか。
俺はそう考えると、手探りで忍び装束を脱ぎ始めた。
見えないだけに、脱ぐのも一苦労だ。
忍び装束は脱いだ後も見えないままで、を床に投げ捨てても、やはり見えないままだった。
これは、かなり強力な幻術のようだ。
……いや、待て。
そもそも二部屋借りれば、こんなに気を使わないでよかったのでは?
「そうだ! リーン、部屋を……」
「アークさん!」
つい無意識のうちに振り向こうとしてしまい、再びリーンから高速タックルを受ける。
そしてまた、正面で抱き合う形になってしまった。
この時の俺が感じたことを、率直に表現しよう。
ぽにょん。
ぽにょん、だ。
俺の腹に「ぽにょん」とした、水風船のような感触が伝わってきたのだ。
それも、妙に生々しい温度と感触でだ。
「お、おぃ……」
「い、いま離れちゃ駄目ッス!」
いや……でも、これって……
「お前……ビキニは?」
「なんか、鎧と一緒に脱げたッス。どこに落ちたのか、もう見ないッス」
それって普通に、裸で抱き合ってるってことでは……?
裸に見えるけど、実際にも裸なわけで……完全アウトなのでは?
脱いだ装備も見えないままだし、どうすればいいんだ……と、俺の胸に顔を埋めているリーンへと視線を落とす。
そこには何故か兜までも外したリーンが、頬を真っ赤に染めて俺を見上げていた。




