鈴屋さんとワイバーン!〈7〉
ワイバーン編7話目です。
本当に長くなってしまいましたね。話としては終盤でそろそろ終わりが見えてきています。
ウルトラライトな文量ですので、お気軽にお楽しみいただければ幸いです。
「ではアーク殿、お気をつけて」
暗い部屋の中で、ハチ子が両の手を組みながら心配そうに言う。
俺は極めて、ばつが悪そうに頷いてみせた。
「うん、行ってくるよ」
赤いマフラーをくいっと上げると、静かに扉を閉めて廊下へと足を運ぶ。
廊下には黒ずくめのラスターが、遅いぞと言わんばかりに腕を組んで立っていた。
あの派手な金髪も、黒いフードが邪魔をして今は確認できない。
ポンチョのような装備が、いかにも盗賊といった感じだ。もしかしたら、特殊な効果でもあるのかもしれない。
「……話が違うんじゃないか?」
ラスターが、冷たい視線をより鋭く光らせて、小声で告げる。
……たしかに弁解の余地はない……
俺がハチ子に対して、ばつが悪そうにしていた理由もそれだ。
何せ俺の後ろには、深い藍色のワンピースと黒色のパンツに身を包んだ鈴屋さんがついているのだ。
透き通るような水色の長い髪を、アップでまとめているのは、動きやすさを優先してのことだろう。
それはいつもと違う可憐さで、まともに正視すると胸の高鳴りがおさまりそうになかった。
いや、しかし、だ。
こう言ってしまっては身も蓋もないのだが……
鈴屋さんなりに考えられたその隠密仕様も、溢れ出る可憐さがまったく隠しきれていない。要するに、目立ってしまっているのだ。
やはりこういった隠密キャラってのは、俺やラスターのような、華のないモブキャラ向けなのだろう。
「何か問題あるのかな?」
鈴屋さんがラスターに対し、負けじと眼光を光らせる。
その表情は怒っているというよりも、意地を張っているといったほうが正しいだろう。
……そう……
俺はあの後、男風呂での出来事を鈴屋さんとハチ子に説明したのだ。
そして予定では、ラスターと2人で捜索をするはずだったのだが。
まぁ端的に言えば、鈴屋さんの説得に失敗したのである。
鈴屋さんの言い分は、単純明快にして至極簡単なものだった。
“私の知らないところで、あー君がまた無茶をしそうだからついていく”
俺はそれに対して、有効的な断る理由を見つけられず、こうして盗賊の真似事をしながらついてくる鈴屋さんに、何も言えないでいたわけだ。
「風の精霊さんの魔法で、音を遮断する結界を作っているんだから、あなたよりもよっぽど実践的に役立っていると思うけど?」
おぉ、そんな小技をいつの間に……さすがです。
あれ、でも……
「鈴屋さん、たしか魔法は?」
「かっ……簡単なのなら使えるの!」
鈴屋さんが思わず声をあげる。
精霊の力を使っているのだとすれば、この会話も数メートルで遮断されて聞こえなくなっているのだろう。
シルフが使うサイレント系の魔法なんだろうけど、そういう地味な魔法も使えるんだなぁ。
そう言えば、いつだったか。
お風呂場で目隠し正座をしているときに「洗う音がやたら生々しい」と話したら、一切音が聞こえなくなったことがあったけど、あれはシルフを召喚して音を消していたんだな。
「簡単な魔法なら……使える?」
ラスターが思い切り訝しむ。
こいつは、鈴屋さんのヴァルキリー召喚なんていう大技を見ているわけで、その実力を知っている。
今の言葉に疑問を感じるのは、当然のことだろう。
「……なにかな?」
「あぁ、そうか。これは女性に対して失礼だったね」
ラスターが一人で納得すると、右手を胸に当てて紳士的に頭を垂れる。
そんな定番にしてキザめいたポーズをとる奴、生で見たのは初めてだ。
ていうか、ラスターは何を察したんだろうと思わず首をかしげてしまう。
「よ、余計なこと言わないで! あと、あー君は余計なこと考えないっ!」
気のせいか、鈴屋さんの頬がわずかに朱に染まる。
「俺には何のことやらだけど……とにかく行こうぜ。ラスター、先行してくれ」
ラスターは肩をすくめると、暗闇に沈む廊下をゆっくりとした足取りで進み始めた。
それは実にしなやかで見事な足運びなのだが、今はシルフの力で音が遮断されているため、あまり意味をなしていない。
もはや、染みついたクセのようなものなんだろう。
しばらく進んで廊下を突き当り、風呂場とは逆の方向に曲がる。
いくつかの扉を素通りすると、迷うことなく扉のない部屋へと入っていく。
どうやら、ここは調理場のようだ。
「あー君、あー君」
鈴屋さんが後ろから声を潜めながら、マフラーをちょいちょいと引っ張る。
音を遮断しているのだから、小声でなくてもいいはずなんだけど……と、そこは突っ込むまい。
「どうしたの、鈴屋さん」
「どこに向かっているのかな?」
うん、俺も知らない。
ただ、ラスターがあまりにも迷いなく進むため、とりあえず泳がせているのだ。
決して面倒だから任せてしまえ、とか考えていない。
「おぃ、ラスター」
しかしラスターは俺たちに一瞥をくれただけで、再び前を向いて歩きだす。
まぁ、なにか考えがあるのだろう。
俺は鈴屋さんと顔を合わせると、軽く肩を竦めて大人しくついていこうとジェスチャーを送った。
ラスターは調理場や洗い場に目もくれず、奥にある扉に手を掛ける。
扉は少しの抵抗も見せずに、キィと乾いた音を立てて開いてしまった。
どうやら、そこから外に出られるらしい。
俺達はこの世界に来てから何度目かの、真っ白な月明りの下へと足を運んだ。
白い月の周期は夜でもそれなりに明るく、満月であればはっきりと影が浮かび上がるほどだった。
ラスターはさらに建物から離れて、山沿いに建てられた窓もない小屋へと向かっていく。
「なんだよ、目星はつけていたのか?」
「……まったく、君たちはうるさいね。シルフの力を借りているとはいえ、もう少し緊張感ってものを持ったほういいと思うね?」
腰に手を当てながら、呆れたように目を細めてくる。
「君たちは、あの男が何かを隠すとしたらどこにすると考える?」
え……っと鈴屋さんが言葉詰まらせる。
そんなこと、鈴屋さんにわかるわけないだろう。本当に底意地の悪い奴だな。
仕方なく、そしてさりげなく助け舟を出すとしよう。
「あ~、まずは大前提としてレイシィに見つからない場所だよな。彼女は家の手伝いをよくしてるし、そう考えると、自室なんていうヲチもないだろう。屋根に上った時に見た感じ、建物の大きさと中の造りに差異はなかったから、隠し部屋もないと思う。そうなると地下か……外の小屋かな、と思ってたよ」
ほぅ、とラスターが感嘆の声を上げる。
「あー君、ぼ~っとしているようで、ちゃんと見てるんだよね~」
「ふふ~ん、好感度も上がった?」
「ん、まぁ……でも、それってお風呂も屋根の上から……」
「んなことしないって……だいたい鈴屋さんたちが入っているときは、ラスターの部屋にいたしっ!」
ほんとにぃ~?と、長いまつ毛をすいっと下げてジト目を向けてくる。
俺は何度もうなずいてみせたが、実際のところ屋根の上からお風呂場は見えなかったわけで、それはハチ子も知っているはずである。
身の潔白を証明するのは、簡単なはずだ。
「お二人、そろそろいいかな? こっちはもう、鍵開けも終わらせてるよ。さっさと中を調べよう」
見かねたご様子のラスターに、俺はなぜか気恥ずかしく頭をかくのだった。
小屋の中は真っ暗で何も見えない。
キャットテイルのラスターは、夜目が利くのだろう。やはり迷うことなく中に入っていく。
俺は鈴屋さんにマフラーを握らせたまま、用意しておいたランタンに火を灯した。
ふわっと温かみのある優しい光が、小屋の中を照らし出していく。
大きめの樽やいくつも重ねられた木箱、網や農具のような物もある。
どれも整理されていて、ネヴィルの几帳面さが窺い知れる。
「食料庫かな?」
鈴屋さんが、恐る恐る言う。
樽や木箱には、食料などが入っているのだろう。
あとは、ウサギなどを捌く場所があったりもする。
一つひとつ木箱を開けるとしたら、少し面倒くさくなってきたぞ。
「いや、ここもレイシィが入ってくる可能性があるからね。ここで探すとしたら……」
ラスターが片膝を付き、床を注意深く調べ始める。
すると、ほどなくして「見つけた」と呟いた。
「ここの床、何度も手前に木箱を擦った跡があるね。この木箱をどけてみよう」
ラスターの言う通り、たしかに擦り跡が激しい床があった。
何度も木箱を手前に移動させたのだろう。
とりあえず、俺とラスターで木箱を押してどけてみる。
ズズズッと大きな音を立てるが、鈴屋さんのお陰で小屋の外までは聞こえていないはずだ。
「……これは?」
木箱をどけた床には、小さなくぼみがあった。
なにか、専用の道具で引っ掛けられるような造りだ。
「間違いないね」
ラスターが小さな鉤爪のような道具を取り出すと、くぼみに引っ掛けて上に持ち上げる。
たぶん、盗賊用の道具だろう。
盗賊ギルドから支給される、七つ道具的な物だ。ちなみに俺も持っている。
「よっと……」
ラスターが少し力を込めると、床板は抵抗することなくあっさりと持ち上がり、地下へと続く階段が現れた。
「さて、ただの地下貯蔵庫か……それとも別の何かか、確認しようじゃないか」
嫌な予感が止まらない俺とは対象的に、ラスターは好奇の目を輝かせて言うのだった。
今回の話、当初はラスターとあー君だけで書いていたのですが、ナンダカナーっと感じてしまい鈴屋さんがついてくる話に書き直しました。
華がないんですよねぇ。(笑)




