鐘の音(6)
見れば見るほど、レーナの街だ。
少し懐かしくて、思わず胸が熱くなってしまう。
正直ここは俺にとって、第二の故郷のようなものである。
ARでここまで再現できるとは……というか、データを使うにしても七夢さんが協力しないと無理だろ、これ。
「さすがに、リアルタイムのレーナじゃないのか」
試しに歩いてみるが、ある程度景色が固定されていて、セットの中にいるような感覚だ。
例えば、ここからラット・シーを目指したところで、辿り着けることはないだろう。
何よりここには、人がいない。
任意の区画のデータを、ARで視覚に直接投影している、といったところか。
見れば、俺の格好も忍び装束になっていた。
これも視覚的にそう見えているだけで、実際には燕尾服のはずだ。
そこで唐突に、目の前が真っ暗になった。
「なんだ?」
一瞬の暗転後、すぐに明るくなる。
今度は少し、景色が変わっていた。
レーナは、レーナなのだが……
そこは俺にとって、見慣れた墓地だった。
俺の背中には、真っ白で巨大なモニュメントが、天を突き刺すかのようにそそり立っている。
隣では、うら若きエルフの少女が俺の顔をじっと見つめていた。
「……鈴屋さん?」
鈴屋と呼ばれたエルフ少女が、透き通るような水色のロングヘアーをさらさらと揺らしながら振り返る。
鈴屋さんは屈託のない、みるからに清廉潔白な、曇りひとつ無い、純粋無垢な……とにかく、一切の邪気を感じさせない、完璧な聖女の笑顔を見せていた。
「なぁに、あー君」
その声は、彩羽のものだった。
エルフ姿に見えるよう投影されているが、実際は彩羽本人が目の前に立っているのだろう。
「あの時、私は……偶然、あー君と此処に来れたんだと思う」
「いや。俺が、誰か身近な人を連れていきたかったんだろう。無意識のうちに、さ」
鈴屋さんが、そうかもねと頷いた。
「あー君には、アウトサイダーを引き寄せる力があるのかもしれないって、南無さんが言ってた」
「俺が?」
「そうだよ。私や、セブンさんにハチ子さん。アルフィーや、ラスターだってそうでしょ?」
「偶然だろ?」
「斑鳩でも、すぐにハチ子さんと会えてたし。凛ちゃんや、白露さんだってそうだったんだから、偶然としては出来過ぎかな?」
「凛と白露……あの二人は結局、何者だったんだ?」
「その話は、また後でね」
鈴屋さんが、スタスタと歩き始める。
その先には、真っ白でふわふわの髪をした女が待っていた。
「あたしがあーちゃんを見つけた時は、もうすっかりレーナに馴染んでて、あたしが連れて帰れる自信なかったんよね」
アルフィーが、隣に並んだ鈴屋さんと手を繋ぐ。
「鈴やんみたいな、公式のサルベージャーもいたかんね。あーちゃんのことは鈴やんにお任せして、あたしは帰ってもよかったん。それでも、この世界は楽しすぎたんよね」
鈴屋さんが、同意するように頷く。
「そう、ほんとに楽しかった。みんな、良い人ばかりでね」
「数ある仮想世界の中でも、レーナの飯はピカイチで美味いん」
「アルフィーは、ほぼそれ目的だったでしょ?」
「否定はしないん」
仲良く話す二人。
やがて二人は、俺にまっすぐと視線を向けてきた。
「私ね、小さい時からずっと好きだった……お兄ちゃんみたいで。でもそれが、レーナでは男の子として……に、変わっていったんだけど……」
「あたしは、一目惚れだったん。でも、その時のあーちゃんには、もう好きな人がいたんよね」
「うん。この人には敵わないなって、ずっと思ってた」
「なんせ事故が起きる前から出逢ってて、お互いに意識してたんよ。ほんと、ずるいんよ」
二人はそこまで話すと、一度だけ顔を見合わせて、一歩二歩と後ろへ下がる。
「だから、しっかりしてよね」
「もう逃げちゃ、ダメなんよ」
そしてまた、舞台が暗転する。
次に現れた景色は俺にとって最も馴染み深い、碧の月亭の屋根の上だった。
夜空を見上げると、真っ白な満月も出ている。
そして……
「アーク殿?」
こんな夜に、よく聞いた声だった。
そこには、黒いワンピース姿のハチ子が立っていた。




