鐘の音(5)
「まじか、まじか、やっと着いたぞ、このやろー」
ぜぇぜぇと息を切らせて、天を仰ぐ。
ARナビでは『目的地に着きました』という言葉と共に、気の抜けたファンファーレが鳴っていた。
そこはかとなくラフレシアの嫌がらせだと感じるのは、何故なんだろう。
「ていうか、ここ、なんだよ?」
目の前の建物を見上げる。
なんというか……レーナにありそうな、立派な彫刻が施された建造物だ。
まさか塔の高層階に、こんな建物があったとはな。
『こちらはゴシック建築の大聖堂を参考にして造られた、最新型の円形劇場になっています。ARデバイスの使用により、リアルタイムで風景を視覚に直接投影されるため、より臨場感に溢れた……』
なんかAR内のAIが、勝手に説明をし始めた。
なるほど、オペラハウスみたいなやつか。
金持ちの遊び場って、昔も今も変わらないもんなんだな。
『本日はアルフィー様により、貸切となっております。アーク様は、そのまま中へお入りください』
ほうほう。
アルフィーに、アークね。
またなんか企んでやがるな、これは。
しかし現実世界でその名を呼ばれると、むず痒いものがある。
というか、貸切とかラフレシアの謎財力が爆発しているな。
「入り口って、あれか」
建物が大きすぎて判断に困るが、とりあえず正面にある大きな入り口に向かう。
それにしても、人がいない。
係員や警備の人まで見当たらないとなると、許可が出ている人しか入れないようなシステムに、なっているのだろう。
俺はそのままエントランスを抜けると、きょろきょろと屋内を見回す。
中は映画館のようになっていて、いくつかの豪華な装飾が施された扉が見えた。
たぶんあの扉の奥が、円形劇場なのだろう。
このまま客席の方に向かえばいいのかと、扉の方へ足をむける。
すると再びナビが起動し、矢印が現れる。
どうやら目的地は、客席ではないらしい。
「なんだ? ナビ通りに、進めばいいのか?」
独り言のように疑問を投げかけてみるが、特に反応がない。
仕方なくナビが指し示す方向へ、進んでいくことにする。
関係者用の出入り口を通り、さらに奥へと回され……一体どこに向かっていて、何をやらされるのか全くわからない。
こういった時は、何も考えず前に進んだほうがいいだろう。
しばらく無機質な通路を進み続けると、再びナビが反応した。
『ARを起動したまま、五メートル先の扉にお進みください。それでは、ナビを終了いたします』
ラフレシアが設定したナビは、ここまでらしい。
五メートル先……一番奥にある、あの扉か。
薄暗い通路の先には、飾り気のない鉄の扉がひとつあった。
見た感じ、舞台裏の通路だが……まぁ、考えても仕方がない。
「失礼します、よ」
一応、そう声をかけて扉を開ける。
視界が一気に広がり、スポットライトのような眩い光が目を突き刺してきた。
扉の奥に広がる景色は、俺の思考を停止させるには十分すぎるものだった。
俺が立っているのは、奥舞台の中央だ。
目の前には円を描くように、豪華な装飾がされた客席が並んでいる。
客席は四階建てで、まさにオペラホールのような造りになっていた。
客席に誰かいるのかと目を凝らしてみるが、暗くてよく見えない。
ちなみに舞台の上には、俺しか立っていないようだ。
そこでARが反応し、何かのシステムが起動する。
瞬時に目の前の視覚情報が、仮想世界のものへと乗算されていき、やがて完全に描き換えられてしまった。
「こいつは……」
眩しい太陽に……石畳……煉瓦でできた建物たち。
鼻に届くのは、潮風の香り。
そこには現れたのは俺にとって馴染み深い、レーナの街並みだった。




