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鐘の音(3)

「こんなもんかなー」


 彩羽がハサミをチョキチョキと鳴らしながら、体を反らすようにして俺から距離を取る。

 どうやら、自らが行ったヘアカットのバランスを、チェックしているようだ。

 

「彩羽。なんか、髪切るの上手いな」

「とぅぅぜぇぇん。私、総合美容師の資格取ったんだもん」

「えぇ? そんなもの、いつの間にとったの?」

「空いた時間に、ダイブして習ってたんだよ〜」

「ダイブして? 仮想世界で教わるの?」


 俺が聞き返すと、彩羽が目を丸くして驚く。

 それだけで俺は、だいたい察してしまった。


「あぁ……ここでは、それが当たり前なんだな」

「うん、そうだよ」


 俺が知らないのは記憶を失くしているせいなのだが、それは彩羽に無用な責任を感じさせてしまうものだった。

 とても微妙な空気である。

 デブリ事故について、いまだに罪悪感を感じているのだろう。

 俺は気にしていない……というか、彩羽はなにも悪くないのにな。


「そっか。しかし、便利な世の中だなぁ。お金もかからないし」

「道具代はね。でも、講習料は払うよ」


 そりゃそうか、と頷く。

 すると彩羽が綺麗な黒髪をサラサラと揺らせながら、首を傾ける。


「あーにぃだって、レーナで武術を習得したでしょ」

「あぁ、そっか。俺はレーナで、寅虎の流派を習得したんだもんな。いま考えてみたら、すげぇことだな」

「あーにぃは、その中でも特別だよ。一般的なダイブシステムには感覚共有エンジンなんて付いてないし、本人の肉体まで鍛えられるとか無理なんだからね?」

「そうだよな。それでドリフターの適正とかあって、怪我とかしたら大変だしな」

「わかってて、しっかり怪我して帰ってくるんだもん。これからは周りの人の心配も、ちゃんと考えてね?」

「う……いつも、すみません」


 ここは素直に謝る。

 それに関しては、俺が全面的に悪い。

 でもこれからは危険なダイブなんて、しないで済むはずだ。

 何せ、ハチ子が帰ってくるんだからな。


「うん、上出来かな」


 彩羽が、うんうんと満足気に頷く。

 どうやら完成したようだ。


「一応聞いてみるけど、またアーク仕様にした?」

「当然でしょ。ハチ子さんと会うんだよ?」

「うん、まぁ、そうだよね」


 気恥ずかしい。

 あっちは現実世界でも、まんまアークの俺を見て、どんな顔をするのだろう。

 子供っぽいと、幻滅されないだろうか。


「服は用意してあるから、ちゃんと着ていってね」

「ちゃんとって……まさか忍び装束じゃないよな?」

「そんな訳ないでしょ。じゃあ私も、そろそろ行くね」


 彩羽の表情が、少し曇る。

 行く……は、ハチ子さんのところへだ。

 目的はデブリ事故の説明と、レーナで黙っていたことの謝罪だろう。

 またあの辛い時間と、対峙するのだ。

 俺と再会した、あの日のように。


「それを話すことが正解なのか、俺には疑問だよ。そんなことしていたら、彩羽の身がもたないだろ?」

「……だけど、ハチ子さんは別だよ。ハチ子さんには話さないと……私はそれを、ずっと黙ってたんだし」

「それは彩羽の任務とか、話せない決まり事が絡んでいたからだろ。そもそもさ、ハチ子さんのことは泡沫の夢だと思っていたんだから、事情を話さないのは当たり前だろ?」

「うん。でも、これはケジメなの。きっとね……謝って、それで私が、楽になりたいだけなんだと思う」

「そんなこと……」


 そこで、言葉を飲み込んだ。

 今にも泣き出しそうな……涙を堪える彩羽を見ていたら、なにも言えなかった。


「全部知ってもらわないと、ずっと気になっちゃうから……前に進めないから。だから、ちゃんと話してくるね」

「あぁ……わかった。でも、自分を責めるのは無しだ。これで、最後にしよう」

「ん……ありがとう、あーにぃ」


 彩羽は目尻を指で擦ると、無理やり笑顔を見せて頷いた。

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