リターン(4)
まずい。
せっかくアスラッドというラスボスを回避できたのに、こんな訳のわからない相手にやられてしまうのか。
どうにかして戦況を確認したいところだが、視界の全てが深い霧に飲み込まれてしまい何も見えない。
二人は今、奥義技を使ったばかりだ。
もう一度放つためには、しばらく時間が必要になる。
いわゆる、スキル・クールタイムってやつだ。
アシッド・エンドは、二人が奥義技を出せないこの瞬間を狙っていたのだろう。
「二人とも、逃げ……」
なんとか声をしぼり出す……が、そこで、ゾワリと背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
この感覚を俺は、よく知っている。
これはフェリシモの姉さんに、何度も味わわされたやつだ。
つまり、奴の狙いは……
「俺かよ、くそっ!」
いま確実に殺せる、俺からってことだ。
厄介すぎるだろ、と舌打ちをひとつし、地面を蹴って横へと転がる。
しかし転がった先で、背中の上に誰かが乗り掛かってきた。
「なんでわかったよ、小僧」
声の主は、アシッドだ。
俺を上から押さえつけて、背中にダガーらしき物を突きつけてくる。
やばい。
ここで俺がさらに傷を負えば、いよいよ勝機を失う。
窮地の中で俺が叫んだ言葉は、無意識のうちの出したものだった。
それはまさに、これまで俺を何度も救ってくれた言葉だ。
「トリガー!」
次の瞬間、俺は愛用のダガーのもとに転移した。
「あ、あっぶねぇ、まじで死んだかと思った」
右手でダガーを握り立ちあがろうとするが、やはりまだ足に力が入らない。
ぐらりと体が傾き、転倒しそうになる。
たまらず伸ばした左手が、布のような物を掴んだ。
反射的にそれを引っ張り、そのまま体を預ける。
「きっ!」
何か聞き覚えのある声……ハチ子の声だ。
「貴公はまた! しっ、しっ、しっ、痴れ者っ!」
などと悲鳴をあげなら、俺の頭をシミターの柄で何度も小突いてくる。
どうやら俺は、ハチ子の体に抱きついていたらしい。
「こ、こら、なんてことをするんですか! 彼が相手なら、私は平気ですから!」
「なぜ某が辱めを受けて、我慢せねばならんのだ!」
「なら私が支えます!」
半ば強引に、刀華が俺を抱き寄せる。
力が入らない俺は、なすがままだ。
というかこの緊迫した空気の中、変なラブコメしてる場合では……
「秋景どの、そのダガーは……」
「あぁ、これは俺が昔使っていた、転移のダガーだ」
「転移……」
なんだろう、興味があるのか?
でもテレポートダガーは、俺とハチ子しか使えないはずだ。
「まさか……これの力で、この世界に転移した? 体の転移……それは魂も一緒に……ということ?」
ブツブツと刀華が呟く。
そうこうしている内に、霧も晴れたようだ。
次の霧の発生までは、どれくらいだろうか。
それまでに、なんとしても立てるくらいには回復しなくてはならない。
「秋景どの、試したいことがあります。そのダガーを貸してください」
「うん……? いいけど?」
刀華は俺をゆっくりと地面におろし、ダガーを受け取る。
そしてハチ子の方に視線を移した。
「貴公、何か思いついたという顔だな」
黙ったまま、頷く刀華。
俺は二人の会話に、置いてけぼり状態だ。
「某は、どうすればいい?」
「何もしないでください。うまくいけば、元の鞘に戻れるはずです」
「ふむ……今は貴公を信じるしかあるまい」
ハチ子が構えを解いて、刀華を真っ直ぐに見つめる。
その眼は覚悟に満ちた侍のように、力強く輝いていた。




