リターン(3)
俺の傷は、思っていたよりも深いようだ。
四肢に力が入らず、冷や汗もとめどなく吹き出している。
もし現実世界でラフレシアが俺の状態に気づいたら、強制的にログアウトをするだろう。
いや、そもそも気絶するほどの危険なダメージを受けた場合、自動でログアウトするようなプログラムを組んでいそうだ。
今はとにかく、自己治癒に専念するしかない。
それでもなんとか薄目を開け、這いつくばるようにして状況を確認する。
「話を聞け! もしや貴公は、この身の……」
「話なら、あなたを動けなくしてから聞いてあげます!」
混乱してしまいそうだが、刀華のような口振りで話している方がハチ子だ。
一方、丁寧な言葉遣いをしているのが刀華である。
まるで二人が入れ替わっているような、変な錯覚をおぼえる。
刀華が軽やかに飛び掛かり、鮮やかな連続斬りを放つ。
しかしハチ子は回避することなく地に足をつけ、その場で攻撃をいなすようにして受け流す。
ハチ子にしては珍しい、侍のような刀捌きだ。
記憶を失くし、この世界で新たな技を身につけたのだろうか。
「これならどうですか? 焔陣!」
刀華がドンッと地を蹴り、八方に炎の道を伸ばす。
「今さらそんな基本の技、某に通じるとでも……」
「奥義八岐大蛇!」
畳み掛けるようにして、最大火力の奥義技を放つ刀華。
八本の炎道の先に、炎で出来た刀華の分身が現れる。
「なんと! 貴公、奥義までも習得していたのか!」
驚きと共に、どこか嬉しそうな表情を浮かべるハチ子。
刀華の奥義技を前に、その余裕はどこから生まれるのか。
八体の刀華の分身は一斉に動き出し、ハチ子に襲いかかる。
「奥義には、奥義をもって応えよう! 焔陣!」
ハチ子が地面を蹴ると、八本の炎の道が……って……
なぜハチ子が、十月紅影流の技を使っているんだ!?
「秘奥義! 明けの明星、八咫烏!」
しかも、秘奥義!?
今度はハチ子の焔陣から、炎に包まれた三本足のカラスが現れる。
八体の八咫烏は、まるでホーミングミサイルのように刀華の分身へと飛んでいき、着弾と同時に爆散した。
必中効果のある高火力の飛び道具……対人でこんなものを撃たれたら、防ぎようがないぞ。
「貴公は道場の再建のために、そこまで修練を積んだのだな。真に、お人好しな女だ」
そこで刀華が、動きを止める。
「あなた、まさか……?」
「ようやく、同じ考えに至ったか。いや、このような不可解極まりない事象、それ以外にあるまい。よくぞここまで……」
二人の間で、何かが繋がったようだ。
そんな印象を受ける。
「まずは、誤解を解きたいのだ。そこの男……アーク殿とやらを斬ったのは、私ではない」
「アーク……どの」
刀華がゆっくりと、俺の方に視線を向ける。
聞き覚えのない名前だから、混乱しているのだろう。
「十月紅影流を襲った仇敵、妖魔将軍アシッド・エンドがやったのだ。そして奴はまだ、この近くに潜んでいる」
そして、一考する刀華。
「なるほど……少しだけ把握してきました。ではまず、その仇敵を……」
「いや、それよりも某と貴公、元の状態に戻すほうが先決だ。何か、思い当たる術はないか?」
「思い当たるもなにも……私たちは気がついたら、こうなっていたのですよ?」
「何でも良いのだ。貴公にしかできないことを……思いついたことを試すのだ」
「私にしかできないこと……」
刀華が深く考え込む。
しかし、その瞬間をねらっていたかのように、あの白い霧が再び発生した。




