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リターン(2)

「貴公、少し雰囲気が変わったな。眼帯に、その髪型のせいか。前よりも若く見えるぞ」

「アークだ」


 刀を地面に投げ捨て、両手をあげて名を告げる。

 もしハチ子が記憶を失くしているとしても、こっちの名前で記憶の扉をノックするべきだろう。


「俺の名前だよ。アークってんだ」

「ふむ、ではアーク。貴公はなぜ、この女と一緒にいる」

「この女……ね。いかにも知っているっていう、口ぶりだな。それなら、名前で呼べばどうだ?」


 ハチ子が眉を寄せて、一考する。

 レーナでは、あまり見たことがない表情だ。

 やはり記憶がないのか?


「いいだろう。その女は十月紅影流の、十月 刀華だ。次は貴公が、答える番だ。なぜ行動を共にしている?」


 今度は首を少し傾げて、怪しむような目を向けてくる。

 ううん……これは正直に話したほうが、ハチ子の現状を把握できるか?

 まぁ、隠す意味もないしな。


「刀華が道場を再建するために、妖魔軍討伐隊『七支刀』の選抜試験を受けるっていうから、手伝ったのさ。刀華には、ちょっとした恩義があるんでね」

「道場を、再建するために? 彼女がか?」


 何故かハチ子が、不思議そうな表情を浮かべる。


「そうだ。で、晴れて『七支刀』になれたから、妖魔軍を迎え撃つためにここいるってわけだ。納得いったか?」

「ふむ……理には叶っている」

「そんなことより、ハチ子さん。俺のこと、本当に忘れちゃったの?」


 さぁここからが、俺の本題だ。

 本題は、直球でいくに限る。


「ハチ……なんだって?」

「ハチ子さんだよ。今は、如月 綾女だっけ?」

「今は……ふむ……そうだな……何故だか、それがこの身の、真の名だと思ったのだ」


 如月 綾女は、ハチ子の現実世界での名前だ。

 レーナでの記憶を失くして、逆に現実世界の記憶の断片を引っ張り出してきたってことだろうか。


「そうか。貴公は、この身を知っているのだな?」

「あぁ、知っている。俺にとって、とても大事なひとだ」


 ハチ子が頷き、刀華に向けていた切先を地面に落とす。

 とりあえず、警戒心は解けたか。

 少しは、話を進められそうだ。


「なぁ、本当は戦いたくないんだろ? 妖魔軍にいるのだって、何かの間違いで……というか、刀華の道場を襲ったってのも、間違った情報なんだろ?」

「ほぅ……貴公は、頭がまわるな」


 ハチ子がスタスタと、陣を仕切る布幕に向かう。

 そして、無造作に刀を振り上げた。

 すると壁がわりにされていた布幕は、バサリと大きな音を立てて地面に伏せてしまう。

 その先に、あったものは……


「これは……?」


 そこには夥しい数の、鬼達の死体があった。

 その全てが、刀によって惨殺されている。

 この流れで鑑みれば、ハチ子がやったということになる。


「こやつらは、この大戦ですら本陣の奥にコソコソと隠れていた、姑息で卑怯な鬼どもよ」


 吐いて捨てるように、強い言葉を言い放つ。

 その言葉からは、激しい憎悪が感じられた。


「そして全員が、妖魔将軍アシッド・エンドの部下でもある」

「アシッド・エンド?」


 聞かない名だ。

 というか妖魔軍に、ハチ子以外の名前なんぞ知らない。


「あの日、十月紅影流の道場を襲った奴らだ」

「……刀華の?」

「そうだ。しかも、こやつらは七支刀の報復を恐れ、道場潰しは綾女がやったという情報を捏造して流布したのだ。某が妖魔軍で行動をしていたのは、こいつらを探し出して殺すためだ」

「それじゃまるで復讐……いやでも、なんでハチ子さんが刀華の復讐を?」

「なんだ。頭が回ると思っていたのに、まだ気づかぬのか。某は……」


 そこで急に、視界が真っ白になってしまう。

 これは……霧?


「術式か!」


 あわてて刀を構えようとするが、さっき地面に投げ捨てたことを思い出す。


「アーク殿、気をつけろ! これはアシッド・エンドの……」


 そうか。

 さっきハチ子は、目の前の鬼の死体をアシッド・エンドの部下だと言っていた。

 つまり、当のアシッド・エンドは取り逃がしていて、探している最中に俺を遭遇したのだ。


「エンドだよ、小僧」


 男の声が、耳元で直接囁きかけられた。

 次の瞬間、右脇腹に激痛が走る。


「ってぇ!」


 あまりの痛みに、思わず手で脇腹を強く押さえた。

 霧で身を隠し、攻撃をしてくるタイプか。

 手のひらが熱い。

 いや、脇腹が熱い。

 けっこうヤバめに、刺されたようだ。

 力が抜け意識が途絶えそうになるが、今ここで落ちるわけにはいかない。

 全力で気を練って、快気功で治癒するしかない。

 俺はそう考え、その場でうずくまり、気を集中させる。

 すると、すぐに霧が晴れていった。

 どうやら霧の発生時間は、思っていたよりも短いようだ。

 それでも完全に視界をゼロにしてしまうってぇのは、恐ろしい技で変わりない。


「秋景どの!」


 耳元に聞こえたのは、刀華の声だった。

 よかった、刀華は気がついたようだ。

 これで俺が回復する時間を、刀華が稼いでくれれば……


「お前が……お前が、やったのか!」


 刀華の口調に、怒気が混じる。


「如月 綾女! ようやく見つけたのに……これは容認できない……その身で彼を傷つけるなんてこと、許すわけにはいかない!」

「待て、貴公とは話さねばならぬが、今は忙しいのだ!」

「忙しい? ならば、直ぐに終わらせてあげます!」


 ダメだ、刀華!

 俺はそう叫びたかったが、まだ声が戻ってこない。

 この二人が戦う理由は、ないのだ。

 綾女は、刀華の道場を襲っていない。

 誤解なんだ、刀華。

 俺は頭の中で、そう叫ぶことしかできなかった。

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