リターン(1)
「本当に命の燈ってぇのが見えるなら、誰かいるはずなんだが……」
俺が頭を掻きながら呟くと、隣りに並ぶ刀華が少し不安げに頷いた。
ここは既に、敵陣営内だ。
ちなみに敵の姿が、全く見当たらない。
ゲーム的には、お飾りのような場所なのだろうか。
そもそもプレイヤー側の防衛戦なわけだし、プレイヤーが敵陣営まで攻め込むような想定はされてないのかもしれない。
それなら、敵が配置されていないのも頷ける。
それにしても……だ。
「無人のテントばかりですね、秋景どの」
「……だな」
刀華の言う通り、陣には大きなテントが幾つもあり、あとは大きな布を壁がわりにして仕切っているだけだった。
まるで、味気のない3Dダンジョンのようだ。
一応は敵を警戒しながら進んでいるが、とにかく生き物の気配を感じない。
「本当にいるのでしょうか? もしかして、謀られたのでは?」
「あのねぇさんは、そんな嘘をつかないさ。隠れてるっていうくらいだし、どっかのテントに引き篭もってるんじゃないか?」
「秋景どのは、あの女のことを随分と信頼しているのですね」
なぜだか、少しムッとする刀華。
まぁ〜刀華からしたら、得体の知れないアサシンだしな。
しかも、とびきり危険なやつだ。
いきなり信用できるわけないか。
「なんて説明したらいいのか……本当にギリギリのところで、命のやり取りをしたからかなぁ。人として信頼できるってのじゃなく、ソコは信頼できるってぇのが、より正確な表現だな」
「なるほど。剣を交えたからこそ、理解できるというやつですか。それなら、私も理解できます」
「へぇ。刀華にも、そんな経験があるのか?」
どちらかといえば、刀華は道場で剣術を学んだタイプだ。
ましてや俺と出会ってしばらくの間は、刀を抜くことすらできなかった。
そんな刀華がフェリシモねぇさんのような強者と、命のやり取りをしたとも思えない。
「なんですか、その目は〜。もしかして、疑っているのですか? たしかに殺し合いとまではいかないですが……私の好きな人との出会いは、剣を交えるところから始まったのですよ?」
刀華が懐かしむような表情を浮かべ、嬉しそうにクスクスと笑う。
いつも思うのだが、本当にその男のことが好きなのだろう。
普段から彩羽やラフレシアに、鈍感だ鈍感だと罵られている俺でもわかるぜ。
「そんなふうに一途に思われるなんて、羨ましい限りだな」
「本当ですね。とっとと、自覚してほしいものです」
「カカカ、いつか自覚するさ」
「そうですね。その時はきっと、耳が痛いぜ、とか言うんでしょうね」
そして、また笑う。
心の奥底から溢れる笑顔が、とても可愛く感じる。
外見が可愛いとか、そういう単純な意味ではない。
心が、内面が、可愛く見えるのだ。
そして何故だか懐かしくも感じる。
理由は、まったく分からない。
「ほんと、どんな奴だったんだ? 刀華の好きな人って」
「どんな……と言われると、ひと言では難しいのですが……そうですね。あの人はずっと……」
刀華が真っ直ぐに、瞳を向けてくる。
「私の英雄です」
ドクン、と心音が跳ねる。
別に俺に言ったわけでもないのに。
「そうか……」
言葉が、それしか出なかった。
頭が真っ白だ。
刀華も下を向いてしまっている。
なんだこれ。
まるで告白の練習をされたかのように感じてしまって、俺が勝手に照れてしまっているようで恥ずかしい。
今、思えば……だ。
ひとつ言い訳をするならば、だ。
この大一番で、俺と刀華が大きく油断をしてしまったのは、この瞬間だけだったはずだ。
「焰点!」
突如、目の前に小柄な剣士が飛び込んできた。
そして刀華の腹部に、鞘の鐺を打ち付ける。
「がっ!」
たまらず刀華が、くの字になってうずくまる。
剣士の鮮やかな奇襲は、そこで止まらない。
流れるような動きで、刀華の頭部に鞘を打ち付ける。
「うあっ」
刀華は小さな悲鳴をあげると、あえなく昏倒してしまう。
俺も慌てて刀を構えるが、剣士は刀華の首筋に剣先を突きつけて、動きを制してきた。
「動くな。よもや、ここまで辿り着ける者がいようとは……貴公……あの時の、痴れ者か。なぜ貴公が、この女を連れている」
その剣士は……
いや……
俺たちの目の前に現れたのは、ハチ子、その人だった。




