あなたはずっと、私の英雄です。(13)
フェリシモがダガーを持つ手をだらりと下げたまま、無防備にアスラッドとの距離を詰めていく。
まるで猫が、気ままに散歩でもしているかのようだ。
すでにアスラッドの、技封じの領域に足を踏み入れている。
「躊躇なしかよ……相変わらず、すげぇな」
秋景どのが呟く。
「いくらなんでも、無謀ではありませんか?」
「いや、本当に自信があるんだろう。実際に俺とやった時も、あのねぇさんは技らしい技を使っていなかったしな。懺悔のダガーっていう特殊な武器と、影渡りっていう道具を使っていただけだ」
影渡りは、私も使ったことがある。
懺悔のダガーは、たしか刺された瞬間の痛みが四日間、繰り返し襲い続けてくるという呪いの代物だ。
アーク殿が苦しんでいたあの姿を、忘れるわけがない。
「その後も素手での模擬戦に付き合わされたけど、まるで歯が立たなかった。それどころか本気を出されていたら、三十回は死んでいたらしい。素手なのにな」
「それほどの……」
彼の体術はシメオネのおかげで、かなり高いレベルにある。
それでも歯が立たないというのだし、そもそもシメオネですら恐れていた姉だ。
近距離戦闘において、最強だというのも頷ける。
私が初めて相対した時は、幸運にも完璧な奇襲攻撃を仕掛ることができた。
もしあの時まともにやり合っていたら、私はあっさり殺されていたのかもしれない。
そんな最強のアサシンに対し、この世界で最強と謳われている妖魔将軍の剣士が動き始める。
「奏殺八連の鎌鼬」
アスラッドが大太刀を上段で構え、振り下ろす。
次の瞬間、空気が震え、荒々しい風の斬撃がフェリシモに襲いかかった。
技名からして、目に見えぬ八本の飛ぶ斬撃だろう。
一切の技を封じられた状態で、これを回避できる人間はいない。
しかしフェリシモは、地を這うかのような低い体勢で右へ左へと移動し、飛んでくる斬撃を尽く回避する。
その動きはしなやかでありながら、目で追うことも困難に感じてしまう速さだった。
「なるほど、なるほどぅ。これは卑怯で、最強だねぇ」
妖艶な笑みを浮かべるフェリシモの頬には、一筋の赤い線が浮かび上がっていた。
回避しきれなかった……とはいえ、頬をかすめただけですんでいるのだから、やはり化け物だ。
「ほぅらぁ、しょうねぇん。私のことが気になるのは分かるけどぅ、見てないで進みなよぅ?」
フェリシモが真っ黒に波打つ長い髪を掻き上げながら、東の方角を指差す。
「向こうに見えるあの陣営……あそこにひとりぃ、ジッと篭もってる燈が見えるねぇ。ここからじゃあ色までは見えないけれどぅ、ここいらでまともに残っているのはソイツだけだぁ。行きたまぇ、しょぅねん」
命の燈を見る瞳……この距離から透視状態で見えるとなると、本当に索敵能力として強すぎる。
秋景どのはフェリシモに対し無言で頷き、私に視線をむけてくる。
私も無言で頷くと、地面を蹴って焔陣を発動させた。




