あなたはずっと、私の英雄です。(12)
「泡沫の夢だと?」
秋景どのが、動揺した声で聞き返す。
一方のフェリシモは、顔色ひとつ変えていない。
いつも通りの冷笑を浮かべ、このやり取りを心の底から楽しんでいるようだ。
「惚けなくったって、いいんだよぅ? 私はぁ何度かぁ〜しょぅねんとあの犬の会話を、盗み聞きしていたのだからねぇ」
秋景どのが、思わず言葉をなくす。
その様子がよほど嬉しかったのか、フェリシモはさらに笑みを強めた。
いや、それにしてもだ。
レーナでのこの女の存在は常に脅威であり、警戒の対象だった。
私も秋景どのも、危険察知能力は高い方だ。
それでも聞かれてしまっていたということは、隠密の技術が極まっている証拠だろう。
もしかしたら一位という役柄に、なにか特別な固有の能力でも与えられていたのかもしれない。
そう考えると、暗殺者として圧倒的な強さだったのも頷ける。
「ところでぇアイツは近づかないと、襲ってこないのかぁい?」
「アスラッドか? 多分な。どうやらアイツは、自分のテリトリーでしか戦らないらしい。今のところは、だけどな」
「そうかぁい。じゃあ少しだけ、私のことを話してあげるよぅ」
フェリシモが秋景どのにまわしていた手を放し、ゆっくりと私たちの前に出る。
「私はねぇ、昔から、命の燈が見えるのだよぅ」
「……燈って?」
「文字通り、ボヤッと炎が見えるのさぁ。例えばぁ、アイツ……アスラッドはぁ、青だぁ」
「青……って?」
「体の真ん中に、青い炎がうっすら見えるのさぁ」
言葉の意味が理解できず、秋景どのが首を傾げる。
「例えば……しょうねんはぁ、赤だぁ。あのエルフの娘も、そうだったねぇ。赤なんて、ほぼ見れないのだよぅ。君たちは違う世界の住人だった、ってことだろぅ?」
それはつまり、アウトサイダーは赤く見えたということ?
そんなことが可能なのですか?
セブン師匠ですら、見誤ってしまったというのに?
「じゃあ……えぇっと……泡沫の夢は、青く見えるのか?」
「そうだよぅ。あの世界では、ほとんどの奴が青さぁ。私が最初に見知らぬ色と出会ったのはぁ、シメオネとラスターでねぇ、紫色だったのだよぅ」
紫……また違う色だ。
「だからぁ、ちょいと興味が出て近づいてみたのだよぅ。あの二人は記憶の混濁があってねぇ……そこにつけ込んで、あの二人の姉として行動を共にしたのさぁ。そしたら、どうだぁい? ある日ラスターの燈の色が、赤くなったんだよぅ」
秋景どのは、黙ったままだ。
理解しようとしているようにも見える。
「それからだねぇ。ラスターの言動が、少し変わったかのような……妙にシメオネを、気にかけているようなぁ。それで私は……あぁ、なんか違う世界の魂が宿ったと思ったのさぁ」
「シメオネは、ずっと紫のままだったのか?」
「そうだねぇ。たぁだぁ〜さっき見たシメオネはぁ、赤だったねぇ。しっかり言動も性格も変わっていたから、違う世界のシメオネの魂が宿ったと考えて間違いないだろぅ?」
「……すげぇな、ねぇさん。どういう能力だ、そりゃ」
「さぁねぇ。私にだって、なぜこんなモノが見えるのか分からないさぁ。ただ燈は、壁の向こうだろうと透けて見えるからぁ、索敵には便利だったねぇ」
燈で隠れている相手の位置を把握し、気配を完全に消せる能力で暗殺する。
たしかに、いかにも一位にだけ与えられた固有の能力っぽい……ずるい能力だ。
「私が思うに紫ってのはぁ、もともと違う世界の魂……赤の燈だった奴の名残りのようなもんだろぅ。赤の燈が抜けて、代わりに青の燈が宿ると、紫に見えるってところかねぇ?」
フェリシモの考えをまとめると……
青の燈は、泡沫の夢。
赤の燈は、アウトサイダー。
紫の燈は、アウトサイダーが抜けて、代わりに泡沫の夢が入った状態。
でもそれが本当だとしたら、師匠のようなアウトサイダーを探している人にとって、かなり有用な能力だと思える。
「まぁ私はぁ、興味本位で赤い燈の少年達を観察していただけでぇ、泡沫の夢だとかはぁどうでもいいんだけどねぇ。私は私の世界で、命の炎を燃やすだけなのだからぁ……」
そう言って、ゆっくり前へと歩を進める。
「でもねぇ。こうしてぇ〜違う世界に呼び出されてぇ、とんでもない強者と戦えるってのも、いいものだねぇ。つまり少年たちは、こういう〝お遊び〟をしていたってことだろぅ?」
フェリシモは不敵な笑みを浮かべ、真っ黒なダガーを右手に握ると、アスラッドの間合いに入っていった。




