あなたはずっと、私の英雄です。(11)
オーガの軍勢を抜け、その先に待つのは第六ウェーブ。
そこには秋景どのが言うところの、倒せないボスというものが待っていた。
ひと目見て分かる。
この敵は、普通じゃない。
理屈ではなく、本能がそう告げている。
全身を包む真っ黒な鎧、真っ黒な大太刀、その体からは青黒いオーラが出ていた。
さらさらとした黒い長髪に、切長の細い目が冷たく光る妖しい男だ。
「妖魔将軍アスラッド……」
男はそれだけを告げ、大太刀の切先を空に向ける。
次の瞬間、全身に言いようのない違和感が走った。
直感的な危機感。
とにかく距離を取らなくてはと構えに入り『焔陣』を発動させようとする。
しかし地面を蹴っても、炎の道が一向に生まれない。
「これはっ!?」
驚き、秋景どのの方に顔を向ける。
秋景どのも、技が発動しないことに気づいているようだ。
「すべての技を封じる空間ってところか!」
「お前は……正しい」
アスラッドがゆっくりとした動きで踏み出し、大太刀を横一文字で振るう。
その一撃は鋭いだけでなく、とんでもない豪撃だった。
秋景どのが私の目の前で刀を斜めに構え、火花を散らして受け流す。
そして二撃目を受けぬよう、二人同時に大きく後ろへと距離をあけた。
「いっ……」
秋景どのが痛みで顔を歪めて、片膝をつく。
「秋景どの!」
私が駆け寄ると、秋景どのは大丈夫だと立ち上がった。
「流しきれずに、少し腕をかすめた。なんて剣技だ」
「技が使えない状態で、あの男を相手にするのは危険です」
「あぁ。でも綾女を引っ張り出すには、こいつをどうにかしないと……」
とはいえ、技なしでは勝ち目はない。
どうすればいいのか答えが出ないまま、ジリジリと後退する。
アスラッドは……追ってこない。
どうやら技封じの効果範囲から、出てしまったようだ。
しかし肝心のアスラッドが、そこから出てこなければ意味がない。
「不味いな」
いよいよ打つ手が浮かばないと思った、その時だった。
秋景どのの最後の援軍が、音もなく背後から現れたのだ。
「しょうねぇん。随分強そうなのと、殺り合ってるじゃないかぁ?」
秋景どのが、ごくりと唾を飲み込む。
下手をしたらアスラッドを相手にするよりも、緊張しているようだ。
真っ黒に波打つ長い髪をした妖艶なキャットテイルの女。
元アサシン教団1位のイーグルにして、最強の暗殺者。
そこに現れたのは、フェリシモだった。
「や、やぁ、ねぇさん。お元気そうで」
「つまらない雑魚ばかりで帰ろうかと思っていたのだけどぅ、いるじゃないかぁ。一等、強そうな化け物がぁ〜」
「いや、ねぇさん。あれ、技封じの結界みたいなの作ってるから、正面から斬り合うしかないぜ?」
それを聞いたフェリシモが大きく目を見開き、嬉しそうに笑みを浮かべる。
そして秋景どのを、背後から蛇のように手を絡めて抱きしめた。
「それは、それはぁ〜。しょうねんじゃ、勝てそうにないねぇ」
「カカカッ、勝てないね。虚を突く小細工こそが、俺の武器だからな」
フェリシモが、うんうんと満足げに頷く。
「じゃぁ、かわりに私が倒してやろうかぁ?」
「マジかよ…… ねぇさん、本当に何者なんだ?」
「私かぁい〜? 私はねぇ……」
そこでなぜか、チラリと私に視線を向ける。
「あんた達で言うところの、泡沫の夢って奴さぁ」




