あなたはずっと、私の英雄です。(10)
私と秋景どのは、第四ウェーブのボス『妖魔将軍の赤壁の竜土』をシメオネとラスターに任せ、さらに先へと進んでいた。
「ウェーブ数的に、そろそろ終わりが近いはずだ!」
先導する秋景どのが、目の前の大鬼を斬り倒し、ため息混じりに続けた。
「いや……終わりにしてくれないと、こっちの兵数が足りなすぎる」
いま私たちが対峙している大鬼達は、おそらく第五ウェーブとして配置されていた軍勢だろう。
もちろん、ここは既に正攻法では辿り着けない戦場のはずだ。
「第五ウェーブは、オーガの小隊ってところか。倒せなくはないが……ちょっと骨が折れるぞ、これは」
オーガの軍勢を目の前にして、事も無げに倒せると言ってしまえるのだから、彼は本当に強い。
きっと自分でも相当な域に達していることに、気づいていないのだろう。
「軍勢が小鬼じゃなくなったということは、終盤の戦局なのでしょう」
「ってぇことは、この先に出てくる妖魔将軍は、基本的に倒すことが困難な最強クラスのボスってことになるな」
「勝てない相手ってことですか?」
いや、と秋景どのが首を横に振る。
「時間いっぱいまで、凌ぐ感じだ。で、撤退するんだろう。まぁ稀に、そういうのを倒そうとする奴もいるけどな」
「でも綾女は、最強クラスだと思えませんが?」
もちろんあの体は私のものなのだから、よく理解している。
中身が刀華だとしても、最強クラスのはずがない。
「いや……多分だけど、綾女は単独行動をとっている」
「そうなのですか?」
「何らかのトラブルに巻き込まれて向こう側に居るだけで、本人の意思じゃないとみた。だから妖魔軍自体には、いないと思う」
それは……たしかに私なら、そうするだろう。
わざわざ妖魔軍の将軍として、律儀に戦う必要がない。
それなら軍を抜けて自由に……って、アサシン教団を抜けた私そのままですね、それ。
「綾女が刀華にとって、仇敵なのは理解している。だから軽々しく言っていいことではないんだろうけど……刀華の道場を襲ったというのも、何かの間違いかもしれないんだ」
「それは……確かにこの場合、私の目の前で言うことではないですね」
「あぁ……でも、いきなり斬りかかるとかは待ってほしい。その時は少しでいいから、俺に時間をくれ」
黙って頷く。
その時が来たら……この状況を、どう説明しよう。
そもそも刀華が、どんな考えを持っているのかすら分かっていない。
話し合える状況にあれば、いいのだけど。
「にしても、オーガの数が多すぎるな、くそ!」
焦りを感じているのは、私も同様だった。
オーガは、ゴブリンとは格の違うモンスターだ。
ましてや、この数を同時に相手することなど、普通はあり得ない。
「もう援軍は、期待できませんか?」
泣き寝入りをするつもりはないのだけれど、私は少しタワーディフェンスというものを見誤っていたようだ。
これほどの物量作戦で、常に戦況不利な状況を強いられるとは思っていなかった。
「俺を助けたいなんて物好き、既にこれだけの数が来てくれたからな。さすがに、そろそろ弾切れ……」
「アークさま!」
若い女の声が聞こえたのは、上空からだった。
見上げて見ると、片手に杖を握った魔法使いが空を飛んでいた。
魔法使いは三角帽子と、はためくローブを手で押さえ、私たちの後ろに着地をする。
「ようやく、追いつきました。私も、戦わせてください!」
「おぉ、ラナじゃん! 久々だな!」
この娘はたしか……月魔術師ギルドの導師、ラナ殿?
海竜ダライアスの討伐や、夕凪の塔で共闘した仲間のひとりだ。
引っ込み思案だけど、芯の強い女の子というイメージが残っている。
「相手はオーガの大軍ですね。極大魔法を使います!」
ラナが三角帽子の端を掴み、杖をトントンと地面に打ち付けた。
それを見た私と秋景どのは、ラナの呪文詠唱の時間を稼ぐため、互いに奥義技を放つ。
「榊の杖よ、その力を解き放て!」
ラナが力ある言葉で、杖に宿る特殊スキル『二重詠唱』を一時的に開放させた。
続いて、月魔法の呪文詠唱を始める。
『月よ、魔力の吹雪で全てを凍らせよ!』
『月よ、魔力の氷槍で穿ちぬけ!』
この技は、何度か見たことがある。
月魔法の月吹雪と、月雪槍を『二重詠唱』し、月雪槍乱舞という特殊な魔法現象を起こす……らしい。
秋景どのですら知らない技だそうだ。
呪文の発動と同時に生まれた猛烈な吹雪がオーガたちを飲み込み、その吹雪の中で無数の氷の槍が襲いかかる。
オーガたちは高い生命力と治癒力で、苦しみながらも耐え抜こうとしているようだ。
「倒しきれないか」
秋景どのが構えに入る。
しかしラナは首を横に振って、秋景どのを制した。
そして両手で杖を持ち上げ、魔法に集中し続ける。
「まさか削り切るまで、魔法を維持させる気か?」
秋景どのの言葉に対し、ラナが無言で頷く。
精神力を使い果たすリスクを犯してまで、こんな強力な魔法を維持するなんて……
「このまま先に行け、と言いたいのですか?」
今度は私の言葉に対し、小さく頷く。
本当にラナは、一途で従順だ。
もし私がレーナに戻れたら、ゆっくり話してみたいと思えた。
「行こう、刀華。一刻も早く、このタワーディフェンスを終わらせるしかない!」
私は頷き、再び『焔陣』を発動させた。




