あなたはずっと、私の英雄です。(9)
騎士二人を先頭にして、窮鼠の傭兵団が小鬼の大軍を真っ二つに裂いていく。
まるで大海を断って突き進む、巨大な船のようだ。
「いいね、奴らの底が見えてきたよ! そのまま左右に展開して、竜渦を作っちまいな!」
シェリーが戦場の流れを読みながら、指揮を飛ばす。
真っ直ぐに進軍していた傭兵団はシェリーの言葉を聞くと、すぐさま左右に分かれ、グルグルと渦を巻くようにして回転し始める。
これにより小鬼の軍勢は完全に分断され、左右に展開した傭兵団の間に一本の道が生まれていた。
「よくこじ開けた! ロメオ、道は作ったよ!」
「おう!」
待ってましたとばかりに秋景どのが『焔陣』を発動させ、八方に炎の道を伸ばす。
『絶火!』
二人同時に叫び、炎の道に身を沈める。
次の移動先は……きっと真っ直ぐ正面だ。
そう思い地上に出現すると、目の前に秋景どのが現れた。
「焔陣!」
今度は、私が発動させる。
『絶火!』
そしてまた、二人同時に移動する。
まるで、連続トリガーをしているかのようだ。
これはかつてレーナで、アーク殿とハチ子にしかできなかったコンビネーション移動術である。
少し懐かしくもあり、嬉しくも感じられる。
「カカカ、説明もなしで、本当によく合わせられるな」
彼が、嬉しそうに笑う。
だって私は、ハチ子ですからね。
幾度となく二人で、変則トリガーをした仲ですからね。
息が合って当然です、と言いたい。
それから何度目かの『焔陣・絶火』で、ついに小鬼の軍勢から抜け出した。
「いたぞ、第四ウェーブのボスっぽいのが!」
軍勢の先で待ち構えていたのは、全身真っ赤な肌色をした巨漢の鬼だった。
見た限り金棒と腰布しか巻いておらず、まるで恰幅の良い力士のようだ。
「妖魔将軍、赤壁の竜土。これ以上は行かせん!」
竜土と名乗った赤鬼は、金棒を地面へと何度も打ち付ける。
その度に地響きが鳴り、地面が揺れていった。
「なんだこれ、地震系の技か?」
秋景どのが、腰を落とし警戒しながら分析をしようとするが、竜土の技は攻撃するためのものではなかった。
「我が奥義に、絶望するがいい。出でよ、赤壁の囲い!」
竜土が大きく金棒を振り上げ、力いっぱい地面を叩き落とす。
すると目の前の地面が隆起していき、門のような形になっていった。
隆起はそれだけで収まらず、さらに左右に伸びて壁を生み出していく。
「門と壁……物理的な結界のようなものか?」
秋景どのが頭を大きく振りながら、伸びていく壁の行き先を追う。
壁は瞬く間に直径百メートルほどの円を描き、窮鼠の傭兵団と小鬼の軍勢の一部を取り囲んでしまった。
「俺と刀華の進軍を止め、逃げ場をなくし、さらには乱戦に持ち込ませるってことかよ!」
まさに戦術としても成り立つ、攻防一体の技だ。
閉じ込められた私達だけでなく、囲いの外の傭兵団も、陣形を崩されて混乱するだろう。
いかに早く、この囲いを突破するかが鍵となるはずだ。
「一閃!」
おそらく同じ考えに至った秋景どのが、門に向けて一閃を放つ。
門はズバンと大きな音を立てて真っ二つに切り裂かれたが、すぐさま修復され、元の門の形に戻ってしまった。
「斬撃じゃ駄目だ。もっと火力の高い技で吹っ飛ばさないと……くそ、鈴屋さんがいれば……」
一閃で駄目なら、斬撃系の技しかない私にも無理だ。
とはいえ、途方に暮れている暇はない。
「まずは、囲いの中の敵を殲滅しましょう!」
彼が頷き、振り向いたその時だ。
一陣の風が、私と彼の間を駆け抜ける。
それは獣のようにしなやかな動きで、踊るようにステップを踏み、全身に荒ぶる風を纏わせていた。
「助太刀するにゃ、秋景きゅん!」
「き、きゅん?」
現れたのはシメオネとかいう、褐色のキャットテイルの娘で間違いなかった。
しかし私は、若干の違和感を感じていた。
ギラギラとした肉食獣のような瞳が、シメオネらしくない。
シメオネは、もっと幼いイメージがあったのだ。
「そのかわり、戻ったら結婚してくれ」
「うぉい。お前、寅虎かよ!」
……むぅ。
寅虎って、誰ですか?
今すぐ聞きたいけど、今は聞けない。
「久しぶりだ、この身体! 気を纏い、気を練り、そして気を放てるこの感覚! たっ……たまらにゅ!」
ブルブルと身悶えしてる。
たまに秋景どのは、ああいった変態さんを呼び寄せる特殊能力がある。
「いくぞっ、奥義! 」
シメオネが、ズシャァァァァァッと足を大きく広げ、右の掌を門にそっとあてる。
「爆殺空波掌!!!!」
ズドンッ!と、シメオネの足元が砂塵を巻き上げながら爆発し、土の門へと力の激流が迸る。
そのでたらめな気の荒波は、地震のように壁全体へ駆けめぐり、内部で激しくぶつかり合う。
あれはシメオネが海竜ダライアス戦でも見せた、超・長時間の練気から放てる『究極の鉄槌』だ。
そしてその破壊力は、ここでも絶大だった。
「爆ぜろ、土塊が」
ビシィっと手に着いた土を振り払い、決めポーズをとって門に背を向ける。
次の瞬間、あれほど強固だった門と壁が、激しい音を立てて爆散してしまった。
「マジかよ……」
呆気にとられる秋景どの。
崩れた門の向こうでも、赤鬼の竜土が呆然としている。
一体何が起きたのか、理解できないのだろう。
「あれが、ボスかい?」
いつの間にか、シメオネと背中を合わせるようにして、金色の髪をした剣士が立っていた。
たしか……シメオネの兄の……ラスターとかいうキャットテイル?
「いかにもパワータイプで、硬そうな相手だね。まさに俺と、姉さん向けの相手だ」
「ロンリュか!」
また、知らない名前。
しかし見た目は、やはりラスターだ。
つまりこの二人も、アウトサイダーってこと?
「ここは俺と姉さんに任せて、進んでくれていいよ」
「まかせるにゃ、我が婿殿!」
婿殿って、なんですか?
外の世界で、何があったのですか?
今日だけで、聞きたいことが山積みとなっていく。
「秋景どの、あとで説明してもらいますからね?」
彼の服の袖を軽く引っ張り、抗議をする。
「うっ……は、話せる範囲で」
彼が口の端をヒクヒクとさせて、小さく頷く。
やはり外の世界の話は、泡沫の夢にはしずらいのだろうか。
もし私がハチ子だと分かれば、もう少し話してくれるのだろうか。
「約束ですよ」
私は笑顔を向けて、次の『焔陣』を発動させた。




