あなたはずっと、私の英雄です。(7)
「本当に一時間は、記録されないんだよな?」
「って、七夢さんからは聞いてるよ。じゃなきゃ、こんな派手にできないもん」
「じゃぁ、鈴屋さん。久々に全力で、やるか!」
「ふぅん、そっちの名前で呼ぶんだ〜。オッケー、じゃあ始めるね、あー君!」
当たり前のように、レーナでの名前を呼び合う二人。
でも……確かに今、記録されないと言っていたけれど、本当なのだろうか。
それなら、今の私の状況を話してもいいのでは、と考えてしまう。
私が、ハチ子なのです!
そう言えば、何とかしてくれるのでは?
一瞬その言葉が、喉の奥にまで込み上げてくる。
しかし、それはダメだと言葉を飲み込む。
──泡沫の夢らしからぬ言動は、AIにエラーが起きたと判断され、処理される恐れがある。
かつて私のことをアウトサイダーだと思い、外の世界について話してくれた師匠の言葉だ。
もしも私が、泡沫の夢のとして知りえない情報や、決められた役どころから逸脱した行動を取りすぎると、AI(泡沫の夢)を監視しているプログラムからバグが起きたと判断され、初期化される。
つまり、これまでの経験や記憶が、消去されるらしい。
レーナですら、その危険があったのだ。
別の世界にいるはずの私が入った刀華なんて、この世界において異物以外の何者でもない。
きっと見つかった途端に私の自我は消去され、元々あった刀華のAIが再構築されるはずだ。
だから、私から明かすことはできない。
本当に、危険な行為となるのだ。
これは泡沫の夢でありながら外の世界を知ってしまった、私に課せられた縛りである。
「刀華さん、準備をしたいの。時間を稼げる?」
鈴屋が、何やらスクロールのような物を何本も取り出しながら、私に声を向けてきた。
秋景どのは、そのスクロールを一枚ずつ広げ、重ねている。
二人で、何かするつもりなのだろう。
「できる限りは……しかし、とてもじゃないですが、人手が足りないですね」
目前の小鬼を斬り伏せながら、そう答える。
さすがにこの数を、私一人で相手するのは無理だ。
そもそもここまで進軍できたのは、秋景どのの一閃あってこそなのだ。
せめて、凛殿が来てくれれば……
「雷道!」
背後から男の声が聞こえ、次の瞬間小鬼の軍勢に雷の道が迸る。
「八卦・万雷!」
言葉と同時に、雷の道が大樹のように枝分かれしていく。
どうやらその全てが、雷属性の攻撃になっているようだ。
バリバリバリッと耳をつんざく雷鳴音が響きわたり、次の瞬間には小鬼の小隊を屠ってしまう。
一閃ほどではないにしろ、相当な威力の広範囲攻撃だ。
「旦那、助太刀するぜぇ」
「白露か!」
髭面の浪人が、ニヤリと笑う。
「カカカ、引き籠もってんじゃなかったのかよ?」
「凛ちゃんが、やるってんじゃぁな。まぁ同郷としては、協力するしかあんめぇよ」
同郷……いよいよ凛殿と白露殿も謎だ。
これも、いつか分かるのだろうか。
「けどよぅ旦那、ボスクラスは御免だぜぇ。そんな危険を犯してまで、この世界に義理立てする理由がねぇのよ。まぁ〜旦那らが一計を案じるまでの、時間稼ぎしかやらんってことだ」
「あぁ、助かるぜ。それに、もう始まるさ」
秋景どのが片膝をつき、目を閉じる。
そして鈴屋が、彼の背中に広げた何十枚ものスクロールを押さえつけ、大きく息を飲み込んだ。
「盟約に従い、現界せよ。夢幻の転生!」
それはまるで、魔法の詠唱のようだった。
詠唱を必要としないはずの、あの鈴屋が詠唱をしている。
そして……
「な……な……?」
私は驚きのあまりに、声を失ってしまった。
鈴屋の背後には、眩しくて直視できないような、巨大な光の壁が生まれていた。
そしてそこからは、次々と武装した戦士が現れたのだ。
いや、それだけではない。
それは私もよく知る、レーナの住人だった。
さらに言えば、アーク殿と縁のある戦士ばかりだったのだ。




