アウトサイダーズ(1)
小さな和室の中に、お布団がひとつ敷かれている。
私はそのお布団の上で膝をそろえて座り、膝の上にはのぼせて気を失っている秋景どの(アーク殿)の頭をのせている。
いわゆる、アーク殿の好きな膝枕というやつだ。
本来なら私にとって至福のひとときに他ならないのだが、いかんせん邪魔者が私達の部屋に上がり込んでしまっている。
「なんで、布団がひとつなのかな?」
体長三十センチほどの風の妖霊が、不満げな表情を浮かべてアーク殿の鼻をつまむ。
手入れの行き届いた水色のロングヘアーは、エルフの頃と変わっていない。
スーズーこと、鈴屋だ。
「まったく……どうしてわざわざ、あなた達の部屋で話さなきゃいけないのよ」
豪華な着物に身を包んだ年上の女性が、左手のキセルをポンと叩く。
丁寧に結われた黒髪には、高価なかんざしが幾つも挿されている。
アレは果たして、自分で結ったものなのだろうか。
何らかの力で、瞬時にセットをしたのではなかろうか。
なによりあの視力を矯正するガラスの装飾装備……眼鏡は、この斑鳩にはない装備品だ。
外の世界から来た鈴屋と、行動を共にしているのも不可解に感じる。
いくつもの疑念が、確信へと変化していく。
「そんなにポンポンと特異点を増やすわけにはいかないのよ。まったく、もう」
特異点……どこかで聞いたことがある。
少なくとも、この斑鳩の住人が口にするような言葉ではない。
やはりこの女性は、外側の人で間違いないだろう。
目的はアーク殿?
それとも、この斑鳩にとって異物である私(ハチ子)?
直接聞くわけにもいかないし、ここは互いの腹を探り合うしかないのかもしれない。
いや、それよりも問題なのは、もう一人の女だ。
広縁にあるラタン椅子で、無防備に胡座をかいている『くノ一』姿の女性。
露出の高い派手なピンクの忍び装束に網タイツ姿という出立ちで、明らかにアーク殿を誘惑しようとしているのが見え見えだ。
お風呂場でも、アーク殿のことを「それはオレんだ」と言っていた。
「なんだヨ?」
じっと観察をしていると、不機嫌そうな視線を返してきた。
「貴公、某と何処かで会ったことはないか?」
あえて、刀華モードで聞いてみる。
確信が持てない状態で、地を出すわけにはいかない。
「あぁ? あるワケないダロ」
そう……でも……その白い髪、その顔……見間違えるわけがない。
見た目はレーナで時を共にした、アルフィーそのものだ。
しかし、なぜ彼女が此処にいるのか。
彼女は私と同じ、泡沫の夢のはずだ。
「では、貴方は何者だ。なぜ秋景殿と、面識がある?」
「オレか? オレは……」
彼女は少し間を空けると、言葉を選ぶようにして答えた。
「アルフィーだ。秋景とは、運命で繋がっている仲ダ」
「ちょっと、運命って!」
「スーズー殿は、暫し黙っていてくれないか」
「ダッテよ、鈴やん。残念だったナ」
鈴屋がムッと口を尖らせる。
見た感じ、鈴屋とも面識がある。
しかし私の知っているアルフィーは、もっと愛嬌があり笑顔を絶やさない女性だった。
もし彼女が本当にアルフィーなら……少し試してみよう。
「御免!」
私は先に謝りつつ、手に持っていた髪留めを投げつけた。
不意打ちとしては、完璧なタイミングだ。
しかしアルフィーは、首を軽く捻るだけの最小限の動きで髪留めをかわしてみせた。
「ナニすんだ、テメー」
鋭い眼光……戦士の目だ。
そういう好戦的なところや高度な回避技術は、まさにあの『白毛のアルフィー』を彷彿させる。
「失礼。どれほどの手並みなのか、知っておきたかったのだ。どうやら、相当な使い手と見える」
「お、オゥ。まぁ……ソウダ。オレは強いゾ」
「本当に申し訳ない。お詫びと言っては何だが、今度、有名な肉料理のお店で馳走しよう」
「に、ニク? ……ニクか」
「うむ。滅多に食べれぬ美味い肉だ。それはそれは、この世のモノとは思えない肉肉しい味だ」
「ニクニクしぃ……お……お前、いいヤツじゃないカァ♪」
今度は、まるで子供のように無邪気な笑顔をみせる。
肉好きなところも含めて、まんまレーナでのアルフィーだ。
口調はともかく、間違いないだろう。
だとしたら、なぜ……どうやってここに来たのだろう?
もしかして私と同じように、アーク殿の力でこの斑鳩に飛ばされた?
そして、私よりも先にアーク殿か鈴屋に見つけてもらい合流した……とか?
アルフィーが私と同じ泡沫の夢なら、あり得る話だ。
だけど鈴屋と行動している以上、アルフィーもまた外側の人の可能性もある。
「貴公、生まれはどこだ?」
正直に答えるとは思えないが、有効な質問だ。
アルフィーは少し黙って考えると、短くと答えた。
「海の向こうダ」
海の向こう……アーク殿や鈴屋が使っていた、常套句だ。
実際に、レーナは海の向こうにあるのかもしれないけれど……。
「花魁の方。貴公は、どこの生まれだ?」
「え、私?」
着物の女が、目を丸くして驚く。
女としての直感だが、アルフィーと違って、こちらの女性は嘘や演技が下手そうに見える。
チラチラと、素の部分が出ている気がするのだ。
「私は……なんていうか、ほら。ここよりも遠い……とにかく遠い場所?」
「ほう。それは、どれほど遠いのだ? 海の向こうよりもか?」
「えぇ……うん。海よりももっと………ううん、空よりも遠い場所かしら?」
なぜか得意げに話す着物の女に対し、鈴屋とアルフィーが呆れた表情を浮かべて大きなため息をつく。
なるほど、ボロが出やすい性格らしい。
「そうか。何となく見え始めてきた」
「えぇ、うそ?」
驚く鈴屋に、強く頷いて返す。
というか鈴屋。
あなたはそろそろ、私に気づいてほしい。
昔から肝心なところで、鈍感なのですよ。
「マジか。天才カヨ!」
アルフィー、あなたは結局どっち側なのですか?
あなたが泡沫の夢なら、私と同じくアーク殿とは結ばれない運命にあるのだけど……もしあなたまでも外側の人であるならば、それはもう羨ましくてたまらない。
どうして私だけ結ばれない運命にあるのか、悲しくなってくる。
いや、ダメだ。
今はアーク殿が探しにきてくれたこと、そしてみんながここに来てくれたことを前向きに考えよう。
今は互いの現状を探り合うしかない。
「では、話を始めよう。質問は某からしていきたいが、いいか?」
「ん〜まぁ、とりあえずは、いいわよ」
着物姿の女が言う。
年長故か、リーダーシップがある。
聞くなら、この女がいいかもしれない。
「そうだ、貴公の名前は?」
「あぁ、まだだったわね。私はぁ〜」
「南無子ダ」
先に釘を刺してきたのはアルフィーだった。
なにかボロが出ないように、という考えからだろう。
というか……南無子殿?
あの南無子殿?
南無子殿も、外側の人だったの?
師匠もそうだけど、もしかしてアーク殿には外側の人を引き寄せる力があるのかもしれない。
この時の私は、そんなふうに思えてならなかった。




