刀華は、うっきうき!〈7〉
この社寺の湯屋は、貸切制となっているようだ。
俺と刀華が見にきた時は、ちょうど『空』の木板が引き戸にぶら下がっていた。
「ちょうど空いてましたね、秋景どの!」
この娘は、ちゃんと理解できているのだろうか。
刀華は俺に対し、無邪気な笑顔を向けてきている。
いや、あの……と俺の方が困惑してしまうほどだ。
「いや、刀華さ。これ……またアレじゃないか……混浴」
「フフ……もう忘れたのですか? 此処では“入込湯”っていうんですよ、秋景どの」
あぁ、そうだった。
俺は入込湯の意味を知らないで刀華を誘い、怒られたのだ。
「さぁ、他が来ないうちに入りましょう!」
刀華は元気にそう言うと、木板を裏に返し中に入ってしまう。
なんだ、この積極性。
本当に何が変わったのか。
顎を摩りながら、うぅむ……と熟考をひとつ。
あの時と状況が違うとしたら、試験に受かったってところか。
それで嬉しくて→浮かれてしまい→うっきうきモードになっている、とか。
うん、それなら少し納得できる。
だとしたらここは、まわりの大人が紳士たるべき行動をとる事こそが、最適解だと言えるだろう。
そうと決まれば……
俺は黙って引き戸を閉めると、背中を向けてドカッと座った。
「おーい、刀華。刀華が上がるまで、俺、ここで待ってるよ」
しばしの沈黙。
やがて……
「そんなところに待たせては、殿方に恥をかかせてしまいます。私は、そんなことしたくないです」
おぉ……
あの鈴屋さんですら、最初は外に追い出していたのに……
初回でその対応は、目頭が熱くなるぜ。
「んじゃあ〜目隠しするか?」
またしても沈黙。
やがて……
「秋景どの、対応が慣れてますよね。経験済みですものね?」
それはもはや質問ではなく、知っているかの如き断定である。
思わず俺の返答が遅れてしまう。
すると刀華が、次の言葉を待たずして先手を打ってきた。
「視線をこちらに向けない……とかでも、いいんですよ?」
「無理だよ、絶対見るよ、男の子だもん」
「では、目を閉じる……はどうですか?」
「無理だよ、閉じてるふりしながら、絶対薄目を開けて見るよ、男の子だもん」
「そこで顔を下に向けて見ない姿勢を示したほうが、格好いいですよ、秋景どの」
「無理だよ、一回は上を見るよ。んで、その景色を目に焼き付けるよ。男の子だもん」
何だ、この会話。
めっちゃ既視感を覚えるんだが。
「フフ……」
扉の向こうから、刀華の無邪気な笑い声が聞こえてきた。
「フフッ、やっぱり秋景どのだ♪」
心なしか、ものすごく嬉しそうに言っている。
ただこの場合は、ダメ出しの意味だと思う。
「では……これなら、どうですか?」
引き戸が開く音がし、視界に影がよぎる。
そしてそのまま後ろから、頭に何かを結ばれた。
これは、目隠しではない。
なぜなら俺は、このアイテムをよく知っているのだ。
「眼帯……なんで?」
「だって左目、見えてないでしょう? なら着けておいたほうが相手も油断してくれるので、お得ですよ?」
なんと、気づかれていたのか。
この世界での俺の左目は、現実世界同様に義眼となっている。
ただしこの世界では、義眼自体に追跡阻害プログラムが組み込まれているらしい。
「それはプレゼントです。それで、もう片方の目を閉じればいいでしょう?」
「あぁ、まぁ……そこまでされたら何も言えないが。じゃあ、そうさせてもらうか」
俺はそう言って、刀華と二度目の混浴に入ることにした。
アーク、完成の瞬間である
ちなみに既視感は、第17部分 鈴屋さんとドブ侯爵っ!、のものです




