刀華は、うっきうき!〈5〉
「茶屋だ、茶屋があるぞ、秋景殿!」
前を歩いていた刀華が、指を差して飛び跳ねる。
街道沿いには、こういった茶屋や食事処がたまにある。
「あぁ、休憩するか」
俺の返事に刀華はよほど嬉しかったのか、何度もうんうんと頷いていた。
俺たちは今、雑賀から三門に向かって移動の旅をしている。
三門から中は、妖魔軍との交戦区域だ。
現在は人族側が二門を閉じるために進軍をしている最中で、二門に近づくほど危険度は上がる。
きっとハチ子も、次のエリアのどこかにいるはずだ。
俺たちは既に手形を持っているので、ひたすら門に向えばいい。
ちなみに、白露と凛には手紙を残しておいた。
そのうちラフレシアか彩羽がダイブしてくるだろうし、その後どうなったのかは二人に聞けばいいだろう。
「某は串団子、みたらしで二本……いや三本だ!」
「あいよ〜。お兄さんは?」
「俺は串のスリゴマ。一本で」
「あいよ〜。すぐに持ってくるよ」
茶屋のお姉さんが熱いお茶を置いて、店の中へともどっていく。
「秋景殿、一本でいいのか?」
「あぁ。そんなに、お腹は減ってないかな」
「そうなのか」
なんか複雑な表情を浮かべている。
どうした、刀華どの。
「某も一本にすれば、よかったのだ」
「なんだ、頼みすぎたのか?」
「そうじゃないのだ。これではまるで……」
おぉ、そういうことか。
流石に察したぞ、食いしん坊みたいで恥ずかしいんだな。
でも既に刀華のことは食いしん坊認定しているので、今さら気にする必要もないんだがな。
「あぁ、じゃあ俺にもくれよ。二人で分けよう」
すると刀華が、ぱぁと明るい笑顔を見せる。
なんと素直で分かりやすい。
「どこかの社寺に、湯屋などはないだろうか」
「風呂かぁ。あとで店の人にでも聞いてみよう。刀華、風呂好きだよな」
「そんなことはない。普通だと思うのだ。秋景殿だって、毎日入っていただろう?」
「いやまぁ、昔はな」
確かにレーナにいた頃は、毎日通っていたな。
風呂は鈴屋さんと色々なことがあった、思い出深い場所でもある。
とはいえ、斑鳩だと移動の旅が主体になりすぎていて、ろくに入れていない。
そういえば現実世界には湯船なんて設備はなく、どこもかしこもシャワーオンリーとなっている。
船内では一日に使える「一人当たりの家庭用水」の使用量が決まっているのだ。
ちなみに飲食店などの「生活用水」は、また別の項目だ。
鈴屋さんや南無子が、やたらお風呂に固執していた理由はそこにある。
現実世界では味わえない「湯船に浸かる」という欲求を、仮想世界で満たしていたのだろう。
ちなみにアルフィーの場合のソレは「肉」だった。
現実世界での肉は、非常に貴重で高価な食材だ。
そのため一般的には、植物性原料を使い肉の食感に近づけたプラントベース食品、つまり「代替肉」を料理に使用している。
あの肉好きラフレシアですら、お祝い事でもない限り本物の肉を食べていない。
だからレーナのアルフィーは、やたら肉ばっか食っていたのだ。
本物の肉の味をいくらでも味わえるのが仮想世界なのだから、皮肉なものである。
「秋景殿?」
「ん? あぁ、風呂だったな。ちなみに刀華は、もっとこう……したい事というか、我慢している欲求とかあるのか?」
「なんだ、突然……」
「いや。俺に叶えられるものなら、何とかしてやりてぇなって」
ふむ、と考える素振りを見せる刀華殿。
ややあって、思いついたのであろうことを話しだす。
「最近、某の言葉遣いがおかしいだろう?」
「あぁ、うん」
アレ、気付いていたのか。
ご乱心モードだと思って、わざと突っ込まないでおいたのだが。
「今日は普通だよな」
「ちょっと意識していたのだ。で……なんというか、それだけ秋景殿との距離が近づいているというか、気心が知れてきたということなのだが……そのぅ……」
刀華がなぜか、モジモジとしている。
「某は仲が良くなった相手には、ああいった口調になるのだ」
「うん。で?」
「周りの目があるときは『刀華』として接しておかねばならないが、二人でいる時はアレでもいいだろうか?」
うん?
周りの目があるときは『刀華』として接している……ってぇのは、普段は常に気を張っているってぇ意味か?
そもそも俺に聞く理由も、よくわからない。
「いいんじゃないの? そもそも誰といようが、そのままでいいと思うし」
「いいのか? あの……まわりの……あの……なんだ、ほら。いつも『まぁるいアレ』が、見ているのだろう?」
なんだ、まぁるいアレって。
まわりの……丸い…………アレ?
あぁ、目玉のことか。
つまり『周りの目』って言いたかったのか。
妙に回りくどいな。
「話し方なんて自由でいいだろ? 俺が決めていいなら、好きにしたらいいって感じだぜ?」
「ほ、ほんとか?」
おうっと俺が力強く答えると、刀華がはにかんだ笑顔を見せた。
「秋景どの」
「うん?」
また、はにかむ。
「秋景どの。刀華は、この話し方のほうが楽なのです。このままでも、いいんですか?」
「なんで心の距離が近づくと、ですます口調になって敬ってくるのか謎なんだけど。それ、むしろ離れてないか?」
俺が笑うと、刀華は静かに首を横に振った。
「だって秋景どののことは、尊敬してますから」
「尊敬って……師匠がよく言うぜ」
「秋景どのの、そういう鈍感なところも嫌いじゃないですよ?」
もはや口調どころか、キャラが変わっている気がする。
内面では、こうだったのか。
女の子って、ほんとにわからん生き物だ。
「さぁ、旅を続けましょう。秋景どの」
「お、おう」
どうにもこれは、俺が慣れるしかないようだ。
任せろ、なんでも受け入れてやるぞ。
俺はいい加減だからな、と心の中で呟いて返すのだ。




