竜攘虎搏《りゅうじょうこはく》(3)
「姉さん、その格好で不用意に足を組まないで。あいつが見てる」
「秋景君ならいいだろう?」
「見せるにしても、正式に付き合ってからにしてほしいと、俺は言ってるんだけどね」
「見てるってことは、しっかり誘惑できているんだから、それはそれでいいじゃないか?」
「あのー寅虎さん、さっきから人聞きが悪いっすよ。そこまで露骨に、見ていないからな」
いや、本当に人聞きが悪い。
目の前で超ミニのチャイナ服に身を包んだクール美女が、浅めのソファに座って足を組んでいるのだ。
そりゃあ、一瞬くらいは目がいくさ。
だがそれ以上は、意識して見ないようにしている。
何せウチには、ラフレシアという視線誘導の罠師がいるからな。
二秒以上見てしまうと、「いま見てたダロ?」というツッコミが必ず入る。
おかげで俺は、そういう罠にかからないようになってきたのだ。
「それよりその隣の……弟くんを紹介してほしいんだけど」
「呆れたね。君はまだ分からないのかい?」
露骨に、ため息を吐く弟くん。
やはり初対面ではないのか。
「さっき、こっちの世界でも……って言ったよな。どういう意味だ?」
「ふん……じゃあ、自己紹介から。俺の名前は天常 龍竜。この残念な姉の、弟だ」
「どうだ、秋景君。うちの弟、可愛いだろ」
わしゃわしゃと、雑にロンリュの髪を撫でる寅虎。
とりあえず、どこが可愛いんだと突っ込みたい。
しかしラフレシアと彩羽が、わざわざ連れてきたんだ。
今後この弟も利用できると、判断したんだろう。
「この通り、姉は格闘技に脳筋を全振りしている、馬鹿だ」
「格闘馬鹿と言われるのは、なんだかこそばゆいな」
照れくさそうに頭をかきつつ、頬を少し赤らめる寅虎。
美人なだけに、残念なアホだ。
「美人でスタイルもいいのに、このアホさが残念でならない」
同じこと言ってるし。
さすがに口に出して肯定はしないが、全くもってその通りだと思う。
弟としては、気苦労が絶えないのだろう。
「この姉が、昔ゲーム内で自分の武術を試そうとしたらしくてね」
「あぁ、うん。知ってる。シメオネだろ?」
しかしロンリュは、俺が知っていることには何の反応も示さない。
それこそ、知っているという表情だ。
「あのゲームが買い取られ、スペース・バスの事故の被害者のために活用されてると聞いてね。しかも、その時のプレイヤーの言動記録を元にAIを作るという……」
泡沫の夢のことだ。
シメオネは寅虎が使用していたキャラで、七夢内では寅虎を元に作られたAIが動かしていた。
つまり俺と出会ったシメオネは、寅虎ではなく泡沫の夢だったということだ。
「弟してはね、姉の作ったキャラを、姉の人格を分析して作られたAIが動かしているってのは、ちょっとね。それはもう、ほぼ姉だと思ってしまうんだよね」
「いや.....でもあれ、にゃんにゃん語尾につけてたから、リアルじゃなく、ロールしてた方が元になっていたと思うぞ。こっちの寅虎さんは一見クール美人だし.....あっちのは本当に感情豊かで、真っ直ぐで可愛いらしい……」
「いやだな、秋景君。ちょっとドキッとしたじゃないか。もう……大好きだぞ!」
「残念な方は、少し黙っててくれる?」
ロンリュが顔を真っ赤にして悶える姉に対し、心底残念そうな目を向ける。
本当に残念だと思う。
俺だけでも、彼の気苦労を理解してあげたい。
「それで、だね。まぁ、あんなでも姉の分身だ。見知らぬ誰かに手を出されるのも、どうかと思ってね。色々と調べてたら、偶然誰かが使った侵入経路を見つけてね」
「侵入経路?」
そうだ、とロンリュが頷く。
「もう隠す必要もないからね。ラット・ゴーストが使った侵入プログラムを入手して、七夢のあの世界に侵入してたんだ」
侵入……ハッキングをして、ダイブをしたってことか。
で、俺を知っていて、シメオネを守って……
「お前、ラスターか!」
「本当に鈍いね、君は。そうだよ。俺はラスターというキャラで、シメオネの兄として、ずっとダイブをしていたんだ」




