七支刀選抜試験(24)
「オラオラ、降参してもいいんだぜ?」
斬鉄たちの攻撃は、硬気功と体術で八割がた防げていた。
ただ、あくまでも八割だ。
実際には少しずつダメージが通っているし、けっこう蓄積されている。
──このままじゃ、ジリ貧だ
もう一度、周囲に視線を泳がせる。
数分か……いや、十分くらいは稼げたか?
サンドバック状態になると、時間の経過が遅く感じられた。
それでも、かなりの時間を稼げているはずだ。
「ふむ……」
長髪の剣士が、徐ろに間合いを詰める。
そして、勢いよく抜刀してきた。
驚いた俺は、たまらずそれを回避する。
「ほぅ、やはり動けるな」
長髪の剣士は、冷笑という言葉がピッタリな笑みを浮かべている。
今のは、流派剣術か?
いやに鋭い一撃だったぞ。
「どういうこった?」
長髪の剣士の突然の抜刀に、斬鉄が首を傾げて質問をする。
「あんた、気づかなかったのか? この男、いくらなんでもタフすぎるだろ。何か、中央の武術でも使っているとみた」
おぅ。
なかなか、鋭いな。
しかしここで刀の刃を使われたら、さすがに防ぎきれないぞ。
斬鉄だけならもう少し粘れただろうに、厄介な奴だ。
「あぁん? どういうこった?」
「この男、これだけ痛めつけたのに、俺の技を反射的にかわしたのだ。相当な手練だ」
「手練だとぅ?」
「あぁ、おおかた時間稼ぎでもしているのだろう」
長髪の剣士が、目を細めてくる。
どうやら、完全に見抜かれたようだ。
斬鉄も怪しむような目を、俺に向けてくる。
そして少しだけ腰を落とし……
「蟷螂流・初撃の焉!」
大きく飛んで、一気に間合いを詰めてきた。
まさに、渾身の振り下ろしだ。
今から刀を抜いても間に合わないと直感し、体ごと後ろに飛んで間合いを開けようとする……が、かわしきれない!
一瞬遅れて、胸に熱い痛みが走る。
どうやら浅くではあるが、胸を袈裟斬りされてしまったようだ。
「ってぇ!」
思わず痛みで、顔をしかめてしまう。
「ほぅ〜無手で、初撃の焉をかわすのかぁ。確かにこれは、遊んでられんかねぇ?」
あぁ、やべぇ。
こいつはやべぇ。
二人がかりで剣術攻めなんてされたら、十秒ともたないぞ。
「じゃあ、もう終わらせちまおうか」
斬鉄が動く。
遅れて、長髪の剣士も斜めに飛び出した。
「あぁ、くそ。流石にかわすぞ、これは!」
迫りくる刃に対し、体をできるだけ低くし、八の字を描くようにステップを踏む。
シメオネ直伝にして天常寅虎が使う、天常流の超回避術だ。
その朧気な動きと俺の集中力が相まって、二人の攻撃をギリギリで連続回避する。
かわしながらも、我ながら奇跡の回避だと思えた。
俗に言う“ゾーン”ってやつに、入ったのだろう。
「このヤロウ!」
斬鉄が何らかの剣術を放つが、それも緩急のついたステップで、するすると距離を開けながら回避していく。
その時だった。
待ちに待った声が、ようやく届いたのだ。
「あーにぃ!」
聞き馴染んだその声は、塀のある方角から聞こえた。
頭を上げて目を移すと、スーズーが「こっちを見て」といわんばかりに大きく手を振っている。
その横では水雲凛が、実に見事なムッスリ顔で、渾身のジト目を俺に向けていた。
さらにその隣には、小さな女の子が座っている。
女の子は「がんばれー!」と、声援をおくってくる。
俺はそれだけで、彼女たちが伝えたいことを理解した。
「あぁ、さすがだぜ!」
俺は満足げに頷いて返した。
おそらくは、こういうことだ。
スーズーが、俺と白露の会話を、風の精霊の力でも使って聞いていたのだろう。
そして水雲凛に協力を仰ぎ、奴らの道場に向かった。
水雲凛ならば、道場に残った雑魚相手に手間取ることもないはずだ。
そうして二人はあっさりと少女を連れ出し、戻ってきたってわけだ。
それにしても、あまりに早すぎる気はするが、そこはソレ。
レーナ最強の召喚士、鈴屋さん=スーズーがいるんだからな。
なにかしらの精霊の力で道場を見つけ、なにかしらの精霊の力で高速移動したと考えて間違いなだろう。
現実に帰ったら存分に、彩羽の頭を「いい子♡いい子」してやろう。
「あぁ、なんであいつが?」
斬鉄も気づいたようだ。
捕らえていたはずの少女が、なぜここにって顔をしている。
「カカカ、人質も込みで試験として対応してみろってんなら、これで文句ないだろ。俺には、頼りになる仲間がいるってことさ」
「あぁ? こっちは、まだ二人いるんだ。なに勝った気になってんだ、こらぁ!」
「いや、俺の勝ちだよ。一刀で終わらせてやるさ」
にやりと笑い、再び重心を低く落とす。
しかし、ステップは踏まない。
ゆっくりと股を開き、刀に手をかける。
次の瞬間、時間がゆっくりと流れ始めた。
そして目の前に、黒い筆線が斜めに伸びていく。
もし俺が、このまま線をなぞるようにして刀を抜けば、目の前の空間がズレて斬鉄たちを両断してしまうだろう。
咄嗟に隻眼の女剣士の言葉を思い出す。
『おんしに一閃について教える条件は、試験に合格することだがぁ……まぁ〜そん時までに、最低でもこれくらいはできるようになっててほしいねぇ』
あぁ、そうとも。
俺はあの日から卜伝が出した課題を、ひたすら反復練習してきたのだ。
「一閃!」
俺は技名を叫び、刀を振り抜いた。
そして目を閉じて、静かに納刀をする。
「なんだ?」
斬鉄と長髪の剣士は、何が起きたのか理解できていないのだろう。
互いに顔を見合わせている。
俺がその答えを教えるために、あごを上げて後ろを見ろと伝える。
二人が同時に振り向くと……
ドガァァァァ!
派手な音を立てて、二人の後ろにある塀が崩れ落ちた。
あ……水雲凛が乗ってた塀だった。
さすがに飛び退いたみたいだけど、俺に対するジト目がより一層深くなっている。
だが、まぁ、とりあえず成功だ。
俺が練習していたのは、一閃の線をズラすことだった。
より厳密に説明すると、線の座標を斬鉄たちの奥にある塀まで移動させたのである。
「この技はな、今の俺には『当てる』か『当てない』か、しか調節できないんだ」
「あぁ……?」
「つまり、どうせ負けるなら『当てて』失格するほうを俺は選ぶぞ、って言ってんだよ」
斬鉄が、ごくりと喉を鳴らす。
何せ目に見えぬ一太刀で、斬鉄たちよりも奥にある塀を両断したのだ。
あれが自分たちに向けられれば、胴から真っ二つになることは容易に想像できるだろう。
もう一人の剣士は既に納刀していて、降参の意思表示をしている。
「くそっ……」
やがて斬鉄も観念したのか、舌打ちを一つして両手を上げたのだった。
試験編、やっと終了!




