七支刀選抜試験(19)
最終選考となる決勝戦も、同じ屋敷で行われることになっていた。
まずは待機部屋に通され、しばらく待たされた後、外から女性の声で呼び出されるという一連の流れも昨日と同様だ。
部屋から出ると、真っ直ぐに伸びる長い廊下の先に野外の試合場がある。
昨日はここから3つの道場に向かったわけだが、今日はここが試合会場だ。
「いや、あらためて……広いな」
思わず呟き、ジャリジャリと音を鳴らしながら中央に向かう。
足元は砂で固められていて、かなり滑りやすい。
迂闊に飛んだり走ったりすると、すっ転びそうだ。
まぁ条件は向こうも同じなんだし、あまり気にしても仕方がないだろう。
ちなみに対戦相手は、まだ来ていないようだ。
なんとなく屋敷側を見てみると長い鶯張りの廊下に、すだれのような物がぶら下がっていた。
わかりやすい目隠しだ。
おそらくあの向こう側は大広間になっていて、試験の関係者が決勝戦を見ているのだろう。
見ているといえば、だ。
「あいつ、あんなとこに……」
呆れながらも、目を細めてみる。
俺の視線の先には、高い塀の上で足をプラプラとさせて座る水雲凛の姿があった。
一瞬、あんな所に登っていいのかと考えるが、まぁ水雲凛だしなと思えば、なぜだか変に納得してしまう。
ついでにその隣には、スーズーがパタパタと飛んでいた。
他に見物人はいなそうだが、敷地の外から見るだけなら許されているのだろうか。
「旦那ぁ〜たしか決勝は、乱戦形式と言うたよな?」
白露が顎をさすりながら続ける。
「少し、不味いかもしれん」
「不味い?」
「うむ」
白露は右手を睨むようにしながら、頷いた。
その手は何故か、小刻みに震えている。
「やはり、白露殿もか」
「もか……って、なんだよ?」
刀華は返事をするかわりに、手のひらを向けてくる。
見れば、刀華の手も震えているように見えた。
「なんだ? まさか、緊張してるのか?」
「今さら某が、緊張するわけなかろう。実はな、先程から試しておるのだが……どうにも流派剣術が、うまく発動できないのだ」
「おぅ、拙者も嬢ちゃんと同じよ。おそらくこれは、術の封殺。十中八九、毒を盛られたのだろうよ」
どく。
毒?
はぁ?
「おい、待て、なんだそりゃ」
「拙者が思うに……おそらく、あの団子だのう」
「うむ、某も同じ意見だ。まさか、あんな子供を使ってくるとは……不覚っ!」
「不覚っ、じゃねぇって。どうすんだよ?」
「心配するな、秋景殿。剣術を封じられようが、刀は振れる」
ふんすっと鼻息を鳴らし、握りこぶしを作る刀華。
いや……
いやいや……
十月紅影流の技を、全て封じられたってことだよな。
それって、いわゆる『必殺技を封じられた格闘ゲームのキャラ』じゃねぇのか?
まさか基本技だけで、戦うつもりか?
そんなの、玄人の縛りプレイだろ。
「拙者には期待せんでくれぇい。流派剣術相手に、基本技だけで立ち回れると思えん」
「デスヨネーって……君たち、いったい何やってんの!」
「起こってしまったことは、仕方がないだろう。ここは前向きに考えよう、秋景殿!」
「考えられるかよ! どんだけはらぺこ侍なんだよ! どうすんだよ! 馬鹿なの?」
「ばっ、馬鹿は酷いぞ、秋景殿!」
「なんて阿呆な当主だよ。ドジっ子かよ!」
「酷すぎるぞ、秋景殿!」
しかしこれは、まじで不味い。
必殺技のない格ゲーキャラなんぞ、よほどのパワーキャラじゃないと勝てるわけがないのだ。
どうする?
試験の運営側に訴えるか?
いやいや、冷静になれ。
まずこれを、対戦相手がやったと証明できない。
こうなったら水雲凛に頼み込んで、出てもらうか?
いや……それもさすがに無理がある。
となれば、俺ひとりでやるしかないか。
「心配するな、秋景殿。貴公に、怖い思いはさせん。某に任せておけ」
この圧倒的不利な状況下で、刀華はそれでも自信満々だ。
たしかに刀華は強い……が、ゲーム内の“剣術スキル”を封じられた状態で、勝てるわけがないのだ。
もし同じ状況でマトモに戦えるとしたら、俺やラフレシア……あとは天常寅虎くらいだろう。
なぜなら、俺や寅虎は『現実世界の技をゲーム内で体現できる=ゲーム内のシステムには存在しない技を使える』という、特殊なプレイヤーだからだ。
俗に言う『システム外スキル』ってやつである。
ゲームにはない技を使う時点で、この世界の理から外れているのである。
それはどうあっても、この世界の住人には出来ない芸当なのだ。
「無理すんなよ、嬢ちゃん」
そう言う白露は、すでに胡座をかいている。
早々に降伏モードだが、正しい選択だろう。
こうなってしまっては防御専念の盾役にでもなってもらって、攻撃は俺に任せたほうがいい。
しかし勝ち気な刀華は、それをよしとしない。
さて、どうしたものかと悩んでいる時だった。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、対戦相手が現れたのだ。




