七支刀選抜試験(18)
次の日、決戦の朝。
「あーにぃ、起きて」
ペチペチと小さな手で俺の頬を叩いているのは、妖霊姿のスーズーだ。
サイズが小さいだけに、何とも可愛らしい起こし方である。
「うぅ、もう朝ッスか?」
「なぁに、お酒飲んだの?」
俺の鼻先に両手を置いて、覗き込んでくる。
なんというかこうして見ると、まんまミニ鈴屋さんだ。
朝からノスタルジーだぜ、まったく。
「そんなんで大丈夫? 今日って、決勝的な試合なんでしょ?」
「んーまぁ……というか、白露が言ってた“フード姿のいい女”って奴、説明されてないんだが?」
俺の見事な質問返しに対し、スーズーがすぅと目を細める。
付き合いの長い俺には分かる。
これは、不機嫌になる時の前兆だ。
「あーにぃは、昨日の夜は、なにを、して、いたの、かな?」
「いててて、痛いって」
小さな爪を立てて鼻先をつまんでくるスーズー。
なぜだ。
あの時たしかに、スーズーは寝ていたはずだ。
「寝ていたはずだーって顔だね?」
「うっ」
「ほんとにもう、この人はぁ……その“フード姿のいい女”さんが、教えてくれたんだよ」
「なんですと」
見られていたのか?
そんな気配は微塵も感じなかったぞ。
まるで観察する魔神、ドッペルゲンガーみたいだ。
だがしかし、まさかあんなファンタジー全開な魔神が、この斑鳩にいるわけもない。
と、なると……ダメだ、ますます分からん。
「で、けっきょく誰なんだよ?」
「教えてあげな〜い。どうせそのうち、向こうから来るんじゃないかな〜」
スーズーは、やはり不機嫌そうに答えるのだ。
宿から出ると、白露と刀華がすでに待っていた。
見れば二人とも、串に刺さった団子を頬張っている。
「旦那ぁ、遅い朝だなぁ」
「まったくだ。まさか、あの程度の晩酌で起きれなかったのか?」
「いや、ちょっとスーズーに絡まれて……って、なにその団子?」
「おぉ、それはだな」
白露が団子を飲み込みながら、刀に巻かれた赤布を見せてくる。
あの赤布は、七支刀選抜試験を受ける人にのみ配られるものだ。
当然、俺と刀華もつけている。
「街行く子供がな、この赤布見て……今日決勝戦なんでしょ? 頑張ってね……と、くれたのだ。あれはきっと良い女になるぞぅ」
「うむ、子供ながら良い気っ風だ。これは、期待に応えねばならんな」
陽気に笑いながら、バクバクと団子を食べる二人。
しかし、そうか。
たしかに俺たちは今日勝ってしまえば、いずれ妖魔軍の将軍クラスと戦うことになるかもしれないのだ。
つまり、英雄候補というわけだ。
言われてみれば、心なしか街中の人から羨望の眼差しを感じなくもない。
「旦那も、いるかい?」
「あぁ……いや、朝から甘いのはいいや。スーズーが握ってくれた塩むすびでも食うわ」
「いいのか、秋景殿。某と白露殿で、ぜんぶ食べてしまうぞ?」
「いいの。これが俺の愛妻弁当なの」
俺はそう言って、スーズーお手製のおにぎりを頬張る。
そういや現実世界の彩羽も、何かを煮込むだけか、おにぎりくらいしかつくらない。
ラフレシアに至っては、全て出前オンリーだ。
まぁ、あのSF丸出しな現実世界では、自炊より出前のほうが安くすむらしいし、仕方のないことなのだろう。
なんなら現実世界での俺の手料理なんて、ただの酔狂な趣味扱いである。
「そういや、今日の相手は誰なんだ?」
「なんだ、旦那。そんなことも知らんのか。ほら、あれよ。悪名高い蟷螂流よ」
とうろうりゅう……どこかで聞いたような。
「忘れたのか、秋景殿。この街に着いて早々に、一膳飯屋の『味めし』で、一悶着があっただろう?」
「あぁ……あぁー! たしか、蟷螂流の斬鉄とかいうゴロツキ!」
「そうだ。どういうわけか、あの者共が勝ち残ったらしいのだ。まぁ〜ちょうど良いではないか。あの時の借りを返そう、な、秋景殿♪」
太陽のような満面の笑みである。
どうやら刀華は、既に勝利を確信しているようだ。
しかし俺はというと、そんな奴が決勝にまで残っていることがどうしても引っ掛かり、曖昧な笑みを返すだけだった。




