七支刀選抜試験(9)
試合の当日まで、俺と刀華は別々で練習を行った。
刀華が刀を抜けるようになったのかは分からないが、試合会場に向かう刀華の表情は、落ち着いているように見えた。
勝つための準備はしてきた、と解釈すべきであろう。
一方の俺はというと、謎の剣豪“藤枝卜伝”の教え通りに練習をし続け、なんとか最低限の技術は身につけたといった感じだ。
ここで負けると門の内側に入るための手段が遠のき、ハチ子を探すこともより困難になってしまう。
停滞気味なこの状況を打破するためにも、この試合は勝たなくてはならない。
だがしかし、このミッションの達成条件は“団体戦による勝利”である。つまりどんなに俺ひとりが頑張っても、勝てない可能性があるのだ。
そうなると、白露のおっさんにも頑張ってもらわねばならないのだが……
「うぅむ、ちと呑みすぎたわ〜。頭が痛ぁてたまらん」
試合会場がある大きな屋敷の待機部屋で、白露がふざけたことを口にする。
この男を見ていると、チーム刀華として不安しかない。
「そういえば、旦那よ。スーズー殿が、応援に来ると言っておったぞ」
「へ?」
「いや、今朝方ひょっこりと宿に現れてな。頑張ってね、と伝えてくれだとよ」
なんと……気まぐれな彩羽様である。
ボットを使ったテスト・ログインだから仕方ないのだろうが、いつも突然過ぎて困りものだ。
できれば、事前に知らせてほしいものである。
「スーズー殿、もうひとり連れが増えていたなぁ」
「もうひとり? 妖霊で?」
「いや、人であったぞ。フード姿で顔までは見えんかったが……ありゃあ〜」
白露が顎髭をさすりながら、ニタリと笑う。
「多分、いい女だ。そんな匂いがした」
「なんだそりゃ。おっさんの直感か?」
「動きでわかるのよ。良い肉をした、エロい女に違いない」
「言い方が、露骨にひでぇ」
呆れながらも、誰だそれはと思考を巡らせる。
彩羽の知り合いで公式にダイブをしてくるとしたら、七夢さんあたりか?
NPCボットへのダイブを自分でも試したくなった……とか、ラフレシアよりも一歩前にいきたい……とか、いかにも七夢さんが考えそうではある。
「まぁ、あとで確認してみるよ。それよりも、これから戦う相手ってどんな奴なんだ?」
「さぁのぅ。それも含めて、いま嬢ちゃんが聞いてきているのだろうよ」
白露は対戦相手に、あまり関心がないようだ。
大欠伸をしながら、そのまま畳の上でごろりと横になってしまった。
刀華が戻ってきたのは、そのすぐ後だ。
「なんだ。緊張感のない男だな、白露殿は……」
「拙者は二日酔いよ。あまり構わんでくれぇ」
「なんて緊張感がないのだ」
ジト目で呆れる刀華ちゃん。
まったくだと、大きく頷いてやろう。
「試合の相手は、水影流だ。試合形式は、三者同時に行われる個人戦となった」
「なんだ、拙者は団体戦が良かったのだがなぁ。乱戦なら、旦那に任せて楽できたのだがぁ」
確かに団体の乱戦形式だと白露がサボれば、俺が何人も相手にしなくてはならない。
なんちゅう酔っ払いだ。
「決勝は乱戦形式になるかもしれないが、今回は個人戦なのだ。三つある道場で、それぞれ同時に試合が行われる」
「同時に……ってことは、先方・次鋒みたいな順番でやるやつでもないのか」
「そうだ。もしそうであれば貴公を大将にして、某と白露殿で終わらせてしまおうと思っておったのだが……そうもいかなくなった。すまぬ」
「いやいや、いいんだけどな。そうか。じゃあ、まわりの戦況や試合結果も、わからないってことか」
「うむ。無論それぞれの相手が誰だかも、わからぬままだ。そこに駆け引きは持たせてくれぬ。真っ向勝負で行くしかない」
おぉ、なんか熱いな。
ちょっと、血湧き肉躍る俺がいる。
「相手は水影流。当主の水雲は、女でありながら相当な使い手と聞く。某に当たってくれればいいのだが……」
「まぁ拙者は、誰でもいいがな。旦那や嬢ちゃんは、女相手に斬れるのかい?」
思わず、刀華と顔を見合わせる。
「俺はまぁ、嫌ではあるけど……相手が強いなら、できなくはないと思う」
なんとなく、レーナ最強のアサシン姉さんを思い出す。
さすがの俺も、命の駆け引きを前にして躊躇はできない。
「某も……本当は誰も斬りたくないのだが……覚悟はできた。これからは目的のために、臨機応変にいかねばならぬと思っておる」
強い視線を向ける刀華に対し、白露はそうかい……とだけ返していた。




