七支刀選抜試験(8)
彩羽とのクリスマスイベントとやらを終わらせた俺は、早々に斑鳩へ戻ることにした。
ダイブをする前に彩羽とラフレシアがコソコソ話をしていて、なぜか二人して俺に白い目を向けてきていたので、逃げるようにダイブしたと言ったほうが正しいのかもしれない。
太夫部屋にもどると外は既に日が暮れていて、すっかり夜になっていた。
七夢内の時間の経過スピードは、リアルタイムと同じ仕様だ。
つまり俺がログアウトしてから、斑鳩内でも丸一日経っていることになる。
太夫部屋で一泊したことになるが、夜は毎日この部屋で自己練習を行っていたので、とりあえずいつものように、このまま宿へと帰ればいいだろう。
遊郭から外に出て宿に向かっていると、通りにある「担い屋台」で、熱々の蕎麦をすする女性を見かける。
ちなみに担い屋台とは、一人で担いで運ぶことができる「夜そば売り」の屋台だ。
担い屋台の客の大半は外で酒を飲んだ男達で、締めの蕎麦を味わうために存在している。
それ故に、女性客がひとりで利用する姿はとても珍しい。
だからこそ思わず目がいってしまい、それが刀華だとすぐにわかったのだ。
「なに一人で……こんなところで蕎麦食ってんの?」
俺が声をかけながら、横に座る。
刀華は往年の漫画キャラのように蕎麦の束を口に咥えたまま、ぎょっとして俺を見返す。
見られてしまった、という表情だ。
「おっちゃん、俺も掛けひとつ」
まぁここは俺も並んで食べることにより、謎の負い目を軽くしてやろうの精神である。
別にそばのひとつやふたつ、そんなコソコソ食わないでいいと思うのだが。
「違うのだ、これは夜食ではないのだ!」
「なんも聞いてないぞ?」
「違うのだ、某は秋景殿を探していて、遅くなってしまったから、ここで飯をすませようと思ったのだ。決して匂いにつられたわけではないのだ」
「おう、それは悪かった。というか、匂いに釣られるのも別にいいだろ」
なぜかアワアワとする刀華に笑みを返し、俺も箸をとって蕎麦をすすり始める。
どこか懐かしくもある素朴な味が、口の中に心地よく広がっていく。
小腹を満たすのに丁度いい。
これは今後も、ちょくちょく食べに来よう。
「剣術の練習をしたいのなら、某が相手をしてやるのに」
「そいつぁありがてぇんだが、今は師匠は師匠で練習したいだろ?」
「それはそうなのだが……貴公は、そんなに見られたくないのか?」
良い言い訳が思いつかず、話を区切るようにズズっと汁をすする。
そして蕎麦に視線を落としたまま、俺を探していた理由を聞いてみた。
「んで、何かあったの?」
刀華はポンと手を打つと、そうであったと話を続ける。
「試合が決まったのだ。明後日に1戦し、それに勝ったら二日後に1戦するのだ」
「ほうほう。二回勝てばいいのか?」
うむ、と刀華が頷く。
「2勝するだけでいいとか、参加者が少ないのか?」
「いや、まず出ること自体が大変なのだ。ちゃんとした流派で、ちゃんとした道場もあって、由緒ある家柄でないと……」
「あぁ、既にそこでふるいに掛けられるってわけか」
「そうなのだ。十月紅影流ともなれば、それだけで出られるのだ」
それほどの流派なのか、と思ったが口にはしない。
刀華の道場で起こった悲劇は有名なのだろうし、その辺も考慮されたと考えるべきだろう。
「で、何対何でやるの? 団体戦になったんだよな、たしか」
「うむ。うちは三人しかいないから、三対三になるそうだ」
「白露のおっさんも、やってくれるのか?」
「うむ。目立ちたくはないが面白そうだからやろう、だそうだ」
白露は一心十鉄流だが、そこはいいのだろうか。
結局最後は流派や家柄よりも、個人の強さで判断するってことかもしれない。
「初戦の相手は?」
「残念ながら、対戦相手は知らされない。まぁ町中で赤布を探せば、相手もわかるかもしれんが」
刀華が腰の刀に巻かれた赤布を、指先でいじりながら答える。
たしかにあの赤布は、七支刀選抜試験を受ける者にのみ配られるものだ。
「あぁ〜まぁ見つけたところで、対策も何もないしな。んな無駄なことしないで、少しでも練習したほうがいいか」
「うむ。某も同じ考えだ」
強く頷く刀華に、俺も頷いて返す。
「やるぞ、明景殿」
「おう。さくっと勝っちまおう」
自然と胸の内側が熱くなっているのが、自分でもわかる。
やはり対戦となると、燃えるものがあるな。
いや、そんなことよりも、だ。
こんな試験など早く終わらせて、とっとと門の内側に入り、ハチ子を探すのだ。
そう考えると、より一層に必勝の決意が高まるのだった。




