七支刀選抜試験(3)〜クリスマス〜
ラフレシアとの約束の時間になると、俺は太夫の部屋に赴き、いつもの手順でログアウトを行った。
ちなみに自分一人でログアウトできるか試してみたものの、やはりうまくいかなかった。
七夢さんかラフレシアがシステムコンソールでも作ってくれればいいのだが、『七夢プロジェクト』が急造のものでそこまで整備されていない。
まぁ一番の理由は、スペースバスの事故被害者が肉体を欠損している状態で、勝手にログアウト=意識の覚醒をしないようにと考えてのことだろう。
とにかく俺は、常に夢現な世界に囚われている気分である。
現実にもどったところで、SF小説のような宇宙船暮らしなわけだからな。
ずっと現実と夢の間にある、境界線に立っているようなものだ。
だからこそ、そこにしかない『失くした記憶』と唐突に出会うのだ。
『現在、当機は月面リゾートターミナルに向けて航行中です。尚、宇宙天気情報局による太陽フレア予報を考慮し、到着予定時刻から一時間の到着遅延が予想されています……』
女性乗務員の機内アナウンスが流れてくる。
ちなみに、誰も聞いている様子はない。
太陽フレアなんて一日に何度も起きるし、それが原因で遅延することは日常茶飯事なのだ。
日頃からスペースバスに乗るような金持ちは、気にもとめていないのだろう。
それか、あれだ。
金持ちは、時間に縛られないってやつだ。
勝ち組人生における、心のゆとりだな。
そんな金持ちしか乗れない月行きのスペースバスの、これまた豪華で広々とした座席に、貧乏人の俺が身を預けているのだからたまらない。
しかも、だ。
隣には生粋のお嬢様が座っていて、俺とゲームをしているのだ。
深い紺色の髪をわずかに揺らしゲーム熱中する彼女の可愛さたるや、お年頃の俺が見惚れてしまうのも当然と言えよう。
俺の教えを忠実に守り、見る見るうちにスニーキングプレイを習得していくあたり、地頭の賢さも感じる。
不器用な彩羽とは、大違いである。
「ちょっと休憩しようぜ」
俺はコントローラーを置くとAR端末から機内のメニュー表を呼び出し、飲み物を注文する。
当然、彼女の分もだ。
すでに彼女が、フルーツジュース好きだというのも聞き出してある。
俺が漫画で学んだ、男として当然の会話術だといっておこう。
「しかし、飲み込みが早いなぁ。綾女さんって、なにやってもすぐ出来ちゃうタイプ?」
「そんなことないですけど……敵に見つからないようにとか、スリルが楽しくて熱中してしまいました!」
少し興奮気味に話しながら、ギュッと拳を握る。
かわええ。
どうしよう。
月に着くまでだけの付き合いだと思うと、とても悲しくなってきた。
そもそも身分が違う相手だけど、とても悲しくなってきた。
このまま月になんて着かなければいいのに、とすら思えるほどだ。
「あーさんは、他にどんなゲームをやっているのですか?」
あーさん……なんとも聞き慣れないニックネームである。
俺が急いで彼女とゲームをするために、“ああああ”という適当な名前でキャラメイクしたせいだろう。
あとでしっかり名前を名乗り、連絡先のひとつでも交換したいものだ。
「そうだなぁ。さすがにここにはないけど、フルダイブ系とかも好きだぜ?」
「フルダイブ系は、学校のコミュニティと買い物でしか使わないのです。ゲームは、なんだか怖くて」
「あぁ、まぁフルダイブはリアルすぎるしな。でもロールプレイとかすると、案外いけるもんだぜ?」
「ロール? 演じるのですか?」
「そうそう。自分じゃない……例えば強いキャラを演じてなりきれば、意外と怖くなかったりするもんだ。俺は素でやってるけど……うちの近所に妹みたいな幼馴染がいてさ、よく漫画やアニメのキャラとかになりきって遊んでるぜ」
「へぇ、面白そうですね」
「だろ?」
俺が笑うと、彼女も心からの笑みを見せてくれる。
なんて素直で純粋なんだろう。
「綾女さんなら、どんなキャラにすれば怖くなくなるかなぁ」
うぅんと俺が考えていると、意外にも彼女の方から提案してきた。
「私なら……そうですね。このゲームみたいに、誰も殺さず任務を遂行するクールなキャラクターとかが良いですね」
「不殺プレイかぁ。冒険ものじゃキツイなぁ、それ」
「じゃあ、モンスターは倒してもいいとか?」
「何その柔軟な不殺。まぁ人は殺さないってくらいの縛りなら、できなくもないか」
「いいですね、人を殺さない剣士!」
ふんす!と鼻を鳴らし、再び拳を握る。
昔そんな漫画を読んだ気もするが、わりと定番の設定なんだろうか。
「剣士というか、アサシンだと普通はダガーなんだけどな」
「何を言ってるんですか! 冒険といえば剣じゃないですか! アーサー王のエクスカリバーじゃないですか! 円卓の騎士ですよ!」
騎士道物語はファンタジーではないような気もするが、ちょっとわかりやすいファンタジーの知識レベルだ。
その辺も含めて、かわええ。
特に熱弁するところが、かわええ。
「蝶のように舞い、蜂のように刺すんです! なんだか私、やれる気がしてきました!」
「おぉ、いいねぇ〜。じゃあキャラ名は、蜂子さんだな!」
「すごくダサいですね!」
「うぐ……それよく言われる。まぁ、じゃあ今度やってみるか?」
さりげなく、さりげなく。
さりげなぁ〜く誘ってみた。
実は心臓が爆発しそうだ。
ここで難色を示すようなら、潔く諦めよう。
所詮は住む世界が違うのだと、今から断られた時のための自己フォローをしていると……
「はい、お願いします!」
彼女は躊躇なく答えてくれた。




