七支刀選抜試験(1)
俺がリーンと別れ、遊郭を出ようとした時だ。
外から聞き慣れた声が、俺の耳まで届いてきていた。
言い争いとまでいかないが、押し問答をしているように聞こえる。
「そ、某は、そういうつもりではなくて……中にいる男に用があるのだ!」
「なんだいなんだい〜、女同士はいけないくちかい?」
声の主は刀華である。
なぜこんなところにいるのか疑問に感じるが、とりあえず状況としては遊郭の客引きに絡まれているらしい。
「い、いけないって何だ。某にはそのような趣味はない!」
「女同士の方が痛くないし、下手な男よりいいところが理解るってもんなんだよ〜?」
「い、痛いって何だ。そうではなくてだな……」
こっそりと、のれんの隙間から様子をうかがってみる。
やはり刀華である。
相当お困りのようだ。
「そうは言われても、うちに陰間はいないからねぇ」
「陰間?」
「男娼のことさね」
「だだだ、だっ……だんっ……だんっ!」
耳の先まで真っ赤にしながら、頭をふるふると震わせて取り乱す刀華。
どうやら意味は理解しているらしい。
しっかりお年頃をしていて、大変微笑ましい限りである。
そうやってニマニマしながら観察していると、思い切り刀華と目が合ってしまった。
「あ、秋景殿!」
刀華が助けを求めるように、俺の名前を呼ぶ。
俺としてはもう少し困っている刀華を眺めていたかったのだが、この辺で助け船を出すしかないようだ。
「なにやってんの、こんなとこで」
「なにやってんの、じゃない。話があって迎えに来たのだ!」
「なんだい、旦那の知り合いかい?」
「だから中にいる男に用があると、最初から言っておろう!」
そう言って刀華が、俺の腕を強引に引っ張っる。
いや、その言い方じゃ通じねぇだろうと思ってしまうが、ここは黙っておいたほうが賢明だ。
とりあえず、されるがままに引きずり出される。
「行くぞ。ほんとに貴公には困ったものだ!」
刀華は半ば俺のせいにしながら、足早で遊郭を後にした。
「んで、なんで迎えに来たの? 白露と宿で待ってろって言ったはずだぞ?」
「どこに宿をとったか、貴公は知らんだろう!」
「あぁ、そういやそうか。にしてもよ、白露のおっさんに行かせるとかすればいいじゃん」
「某は貴公に話があったのだ!」
「え、俺は今から告られる感じ?」
「アホなのか!」
「ぐわっ」
わりと硬めの拳が、俺の脇腹を斜めにえぐってくる。
なんていいパンチだ。
アサシン並のクリティカルだったぞ。
「白露殿が“どうせ遊郭にいるだろう”と言うから来てみたら、本当にいるし……どうして男っていう生き物は、みんなしてこうなのだ。年中盛りのついた犬なのか!」
「なんか呆れすぎて地が漏れ出してるぞ、刀華殿ぅ〜」
「貴公が年頃の殿方なのはわかる。それでもだな、一応……その……年頃の某としては、なんていうか、そういった男の部分を見せられると、いらぬ身の危険を感じてしまうのだ」
「なんだよ、それ。俺はオープンスケベだが、紳士だぞ。好きな女以外には、決して手は出さないぞ」
俺が身の潔白を力説すると、なぜか刀華がじと目を向けてきた。
「……なんだよ?」
「いや……なんかどこかで聞いたようなセリフだと思っただけだ。それは自分から手を出さないだけで、手は出されるのだろう?」
「なんだそりゃ。どういう、シチュエーションだ?」
「だから……例えば、むこうからいきなりキスをされたり、だな」
「いきなりって、不意打ちじゃ仕方ないだろ?」
「仕方なくないのだ。警戒が甘いのだ。油断しすぎなのだ。貴公にも責任があるのだ」
「何故、俺なのだ。大体だな……」
俺がいつ……と言いかけて、言葉を飲み込む。
そういえば俺の最初のキスは、アルフィーに奪われたのだ。
仮想世界とはいえ、あれは俺の最初のキスである。
まぁ確かに油断はしていたが、あんな不意打ち予想できるわけがない。
「と、とにかく、よ。話しってのは何だよ?」
少し熱くなっていた刀華が、はっと目を見開く。
そして左の袖に右手を突っ込むと、中から赤い布を取り出した。
たしか七支刀選抜試験を受ける人にのみ配られる、通称赤布ってやつだ。
刀華の腰の刀にも同じ赤布が巻かれているので、間違いないだろう。
「何も聞かず、これを受け取ってくれ。そして、某と共に選抜試験を受けてくれ」
刀華は懇願にも似た表情を浮かべ、俺に赤布を突き出してきた。




