藤枝 卜伝(14)
卜伝の小屋の中は、熟練の狩人が住む山小屋そのものだった。
壁には狩りで使用する縄や、使用用途がよくわからない鉄製の道具が掛けられている。
床には衣類や日用品、果ては鍋や皿までもが乱雑に直置きされており、部屋の奥には明らかに万年床となった布団が敷かれていた。
そこに『女性らしさ』なんてものはなく、いかに卜伝が浮世離れした生活をおくっているのか窺い知れる。
「うぅ、なんでこんな目に……」
リーンが、さも辛そうに嘆く。
ちなみに俺とリーンは、囲炉裏の火にあたっているところだった。
なんでも卜伝が猪鍋をご馳走してくれるらしく、それ待ちである。
今ごろ外で、豪快に猪を捌いているのだろう。
「寒いか?」
なぜか俺のすぐ隣で、ぺたん座りをしているリーンに問いかける。
「だって、このした下着なんスよ?」
そして不満げに返される。
ちなみにリーンには、刀華から譲り受けた朱色の外套を貸している。
外套といってもレーナのようなファンタジー世界でよく見る物と違い、この世界では道中合羽と呼ばれる丈が短いものだ。
立っているとぎりぎり下着が見えないって感じで、ラフレシアあたりが喜んで着そうなやつである。
「寒いとか、そういう以前の問題ッスよ」
リーンが両の手をクロスさせて、ぎゅうと前を閉じる。
あぁ、なるほど。
対面に座ると色々と見えるから、隣に並んで座っているのか。
それこそ、無用な心配なのだが。
なんというか……なぜかリーンにはエロさを感じないので、そんな格好でも俺的には問題ないのだ。
しかし俺も、それを口に出してしまうほど酷い男ではない。
ここは紳士らしく、真摯に対応すべきだろう。
「見えそうで見えないって方が、ロマンがあってだな。むしろ、見せたほうがエロくないって事もあるんだぜ?」
「知ってるッス。アルフィーの姉御がよく言ってたッス。ギリギリ見せないのがポイントだって」
「なんて話をしてんだよ。アホなのか、あいつは」
「ていうかアキカゲさんは、見せろって言ってるんスか?」
「いや、そうじゃなくてだな。見えたところで、大丈夫っていうかだな。そもそもさっき、モロ見ちまってるし」
「アホなんスか?」
「……かもしれねぇ」
適度にエロを出し、女としてみてるんだぞアピールをしようとしたのだが、思い切り失敗してしまったようだ。
どうにも情けない気持ちになってしまう。
「というかだな。ここまで来ればミッションコンプリートだからな。お前、もうアッチに帰っていいんだぞ?」
「なんスか、それ。コトが済んだら帰れってやつッスか?」
「いやそうじゃなくて……」
「ベッドで、ふかし煙草ッスか?」
「お前……どこでそんな話」
「アルフィーの姉御から聞いたッス。男はコトが終われば、ベッドでふかし煙草をしながら帰れって言うらしいって。ところで、煙草ってなんスか?」
「アホ、んなこと知らんでいい。マジでなに偏ったこと吹き込んでるんだ、アイツは」
そもそも男の経験なんぞない、引き篭もりゲーマーのラフレシアのことだ。
どこぞのエロ漫画とかで、仕入れた知識なんだろう。
というかレーナに煙草なんぞないのに、かなり適当なことを吹き込んでやがるな。
「オレが帰ったら……」
リーンがぽつりと呟く。
「ん?」
「オレが帰ったら、また会えなくなるんスか?」
そのあまりに突然の言葉に、思わず返事をつまらせてしまう。
いい加減な考えで「会える」とは言えなかった。
リーンは泡沫の夢……いわゆるNPCなわけで、約束など適当に交わしてもいいはずである。
だがやはり本人を目の前に、平然と嘘をつくのは難しい。
フルダイブ・ジャンキーだと揶揄にされようが、簡単には割り切れないのだ。
「今はな、ハチ子さんを助け出すのが最優先だから。そうだな。全部終われば、みんなで会いに行くさ」
「ほんと……ッスか?」
あぁ、と俺が笑顔を向ける。
「まぁだからお前は、ルクスとしっかり騎士してろ」
「なんでそこで、ルクスが出てくるんスか」
「カカカ。リーンにもいつかわかる時がくるさ。例えばよ、もしこのままルクスと会えないってなったらどうだ?」
「どうって……」
「ちょっと真剣に想像してみ。俺だって、レーナにいた時はさ。いつかハチ子と会えなくなるのかも……って思うたびに……」
そこで、その先の言葉を飲み込む。
思うたびに……
いや……
いやいやいや……
何を考えているんだ、俺は。
「どうしたんスか?」
「いや、何でもない。とにかくだな。いなくなってからじゃ遅いって話だ。身近な人ほど、そういうの考えといたほうがいいぜ?」
俺が真面目にそう告げると、リーンは黙って頷いていた。
 




