藤枝 卜伝(12)
卜伝は明らかに手加減をしている。
一方のリーンは防戦一方……ということもなく、そもそも攻撃する気がないようだ。
時折リーチを活かした牽制技を放ちつつも、防御の姿勢を崩さない。
本来なら相方のルクスが攻撃役で、コンビネーションカウンターを入れているのだろう。
とすれば、俺がその役を担わなくてはならないはずだ。
「リーン、入るぞ」
背中にそう声をかけ、ダマスカス刀を抜く。
こんな化け物じみた剣士相手に、剣術だけで真っ向勝負なんてできない。
ましてや付け焼き刃の十月紅影流や一心十鉄流が、通用するとは思えない。
俺の長所は唯一つ、奇襲・妙案にある。
たとえテレポートダガーがなくとも、忍者らしく戦う手段はあるはずだ。
「雪月華」
術式を唱え、刀身を二本の指でなぞる。
瞬間後、ダマスカス刀がパリリッと音を立てて凍りついていった。
レーナでも使っていた、氷結属性を付与する忍術だ。
「タン……タンタン…タタ、タン」
リーンの背後で身を隠しながら、卜伝の攻撃のリズムを読む。
そして、まさに攻撃が来るであろうその瞬間──
「くらえっ!」
俺はわざとそう叫び、リーンの脇から用意していた小袋を投げつけた。
「小癪!」
卜伝が大太刀の切先をひょいと持ち上げて、小袋を引き裂く。
次の瞬間、小袋の中に入っていたモノが地面に巻き散らかされた。
「あぁん? 酒……じゃないねぇ。ただの水かい、こりゃあ?」
卜伝が目を閉じて、スンスンと鼻を鳴らす。
俺は構わず更に3つの水袋を投げつけた。
もちろん卜伝は、事も無げに一刀で両断してしまう。
「おんしぃ〜、なぁにを企んでいるんだぁ?」
不敵な笑みを浮かべているが、苛立ちも含まれているように見える。
まぁ女の後ろから水投げてるだけだしな。
「いいかげん、刀を使いな!」
苛立つ卜伝の太刀筋が、徐々に鋭く、より速くなっていく。
リーンも必死で防いでいるが、徐々に傷を負わされていた。
「はっ、これで最後だ!」
俺は残しておいた特大のひょうたんを、卜伝に向けて「ヨイショ!」とぶん投げる。
「だから、何がしたいんだい!」
卜伝は遂に声を荒げ、目にも留まらぬ速さで刀を振るった。
もちろん空中で両断されたひょうたんからは、大量に入っていた水が弾け落ちる。
場は整った──
俺は低い姿勢のまま地面を強く蹴り、転がるようにしてリーンの脇を抜けて前に出る。
そして濡れた地面に向け、ダマスカス刀を突きつけた。
次の瞬間、刀身に触れた水たまりがパリパリと音を立てて凍っていく。
「氷?」
眉を寄せて訝しむ卜伝。
もはや剣技でも何でもないからな。
「おんし、変わった術をつかうのぅ」
卜伝が氷の上に足を踏み入れる。
俺はさらに間合いを詰め、刀を斜めに切り上げた。
「足場を悪くしたつもりかい?」
卜伝が俺の切り上げを首を傾げるようにして回避し、刀をゆっくりと持ち上げる。
しかし俺は反撃を許さない。
すぐさま返す刀で振り下ろし、それを躱す卜伝の足元を更に横一文字で薙いでいく。
「あぁ、悪くないね」
卜伝はニヤニヤと笑いながら、俺の連撃を体を捻り回避する。
「カカッ、これを躱すかよ」
思わず苦笑してしまった俺に向け、卜伝が一気に間合いを詰めてきた。
しかし今度は、卜伝が踏み込む間合いにリーンの薙刀が差し込まれる。
見事なタイミングで繰り出された、カウンターに対するカウンターだ。
「おわっと!」
卜伝がたまらず状態を反らして回避する……が、そこで、わずかに足を滑らせた。
俺はもちろん、この機を逃さない。
「いくぞ、一閃!」
俺はそう叫ぶと、切先を地面突きつけた。
 




