藤枝 卜伝(5)
「じゃぁな、白露。刀華と宿探し、頼んだぜ」
「まったく、旦那は人使いが荒いねぇ」
白露が頭をボリボリと掻きながら、小さめのため息をつく。
ちなみにこのおっさんは、酒屋で手持ちの酒を補充していたようだ。
街について最初にすることがそれかよ、とは突っ込まない。
「おい秋影殿、子供扱いするな。それからあとで何をしてきたのか、ちゃんと説明してもらうからな!」
「いや、ただの情報収集だから。まぁ、得るものがあったら話すさ。刀華は、白露と試験対策でも考えとけ〜」
「ふんっ。行こう、白露殿!」
俺が適当にあしらうと、刀華はさも不満げに目を細めて返す。
「まったく、旦那は駄目だねぇ……」
白露は白露で、ヤレヤレと呆れた表情だ。
なぜだろう。
些細なことで、俺の好感度が下がっていく。
まるで高難易度のギャルゲーをやっている気分だ。
さて、俺は刀華たちと別れた後、遊郭へと訪れていた。
しかし、さすがは雑賀である。
これまでの宿場町とは違い、遊郭も立派で大きい建物ばかりだ。
「おや、あんた。その刀……」
さっそく近寄ってきた客引きの女が、俺の腰に差されたダマスカス刀に気づく。
「あぁ、太夫に会いたいんだ」
俺がそう告げると客引きの女は笑顔で頷き、あっさりと太夫の部屋に案内してくれた。
この世界で俺しか持っていないダマスカス刀を見せることにより太夫の部屋まで案内してもらえるという、七夢さんが用意してくれたシステムだ。
ゲーム内で遊郭は、プレイヤーが入れない区画となっている。そのため、ここでの会話は記録されない。
そのことに、いち早く気づいたのは七夢さんだった。
いま俺が使える現実世界との連絡手段は、これしかない。
遊郭がない街で使えないというのは難点ではあるが、とても重宝している。
しばらく待っていると、目の前に光の扉が現れる。
そしてそこから現れたのは、豪華な着物に身を包んだ眼鏡美女だった。
「あら、アーク。久しぶりの呼び出しね」
複雑に結われた黒髪、左手には細長いキセル。
間違いなく、花魁姿の七夢さんである。
「めっちゃ懐かしい名前で呼ばれたな。てか、なんで七夢さん? ここって、ラフレシアに乗っ取られたんじゃなかったの?」
「乗っ取られてないし! あの時は、ちょっと油断しただけだし!」
簡単に取り乱すあたり、やはり中身は南無子である。
これでも現実では“仕事のできる聡明な大人の女性”なんだから、なかなかのギャップだ。
「それにラット・ゴーストとは和解してるの。聞いてなかった?」
「あぁ〜、なんか言ってたような気もするけど……覚えてない。そういや鈴屋さんが、斑鳩の妖精キャラを乗っ取ってダイブしてきてたんだけど、あれ何よ?」
七夢さんはポンッとキセルを叩き、一呼吸おいて説明し始める。
悔しいかな、なぜか様になっている。
「ここのNPCを使ってダイブすれば、プレイヤーとして認識されないんじゃないかと思ってね。そのテストよ。私が使ってた南無や、ラット・ゴーストの使っていたアルフィーはPCだから、移動させると識別コードで直ぐにバレるのは知っているでしょ?」
「……つぅかよ、ハチ子さんを助けるためなんだし、公式としてコンバートして救いに行かないの?」
「そうなんだけど、色々と手続きとか制約があって大変なのよ。人手も不足してるし……今回のテストだって、非公式なんだからね。本来、彩羽はまだダイブしちゃダメなのよ?」
人の命がかかっているのに最優先で動いてくれないのは、何とももどかしい。
まぁ、だから俺がフラジャイルとして不正ダイブをしているのだが。
「で、NPC乗っ取りダイブのテストはどうだったんだよ?」
「そうね……結論としては成功かしら。今のところ、プレイヤーが識別された痕跡はなかったわ。ただそれは、彩羽が慎重にダイブをしたからっていうのもあると思う。だから今はまだ、緊急用としてのカードにしかならないわね」
「不便だなぁ。アレはどうなんだよ? ラフレシアが編み出した、レーナの泡沫の夢を呼び出すやつ。夢幻の転生だっけ?」
七夢さんが眉を寄せて、むぅと唸る。
「アークを介して疑似ドリフトを起こし、一時的にレーナのNPCをコンバートさせるっていうアレね。ほんと、とんでもないこと思いつくわよね、あの娘」
少し悔しそうなのはラフレシアの才能に対する嫉妬か、ライバル心からくるものだろう。
そう考えると、ラフレシアの凄さを再認識させられる。
あいつが味方で、本当に良かった。
随分助けられていると思う。
「あのプログラムを応用すれば、私達もドリフターと同様に“痕跡なし”でコンバートできるかもしれないけれど……」
ブツブツと独り言のように呟き、思考モードに入っていく七夢さん。
考え出すとまわりが見えなくなるあたり、開発者らしい。
「無駄ダゾ。この部屋から出たら、どうあってもプレイヤーキャラクターとして認識されちまうンだ。残念ながら今はまだ、この部屋までしか来れないゾ」
「うぉ、お前、またいつの間に!」
突如として現れたのは、くノ一姿のアルフィーだった。
とはいえ口調はもうラフレシアだし、ここではアルフィーとして演じるつもりがないらしい。
「呼ばれたから来たんダガ?」
ものすごいジト目だ。
そういえばこの部屋に入ると、現実世界のラフレシアに呼出信号が行くんだった。
「鈴やんも、すぐ来るぞ。夢幻の転生を使いたいのか、アキカゲ?」
「さすが、察しがいいな。まぁ他にも色々と相談というか、報告があるんだ。鈴屋さんが来たら説明……って、お前。ナニヤッテンノ?」
思わず片言になってしまう。
なぜかアルフィーが、俺を頭を後ろから抱きしめてきたのだ。
「いいダロ、たまには。久々なんダシ」
「いや、よくないって。つぅか、あの、胸が、だな」
「意識して当ててるんだ。楽しみ給え〜」
アルフィーが、うりうりと押し付けてくる。
現実世界じゃないからできる行動なんだろうが、感触はもはや現実世界なのだ。
俺はどう反応すればいいのだ。
「あのねぇ〜あんた達。人前で、なにイチャついてんのよ」
「アアン?お前にだけは言われたくないゾ、麻宮七夢。お前も大概だろぅガ!」
「なっ、そんな……こと、あるかもしれないけど」
「いや、あのですね。それよりも、こんなところを彩羽に見られたら……」
「なぁにしてるのかなぁ?」
背後からものすごい圧をかける鈴屋さんが現れたのは、その時だった。




