藤枝 卜伝(1)
雑賀の街は思っていた以上に大きかった。
体感だとレーナの半分はありそうだ。
これまで刀華の住んでいた村や宿場町にしか立ち寄っていなかったため、俺とスーズーはその栄えっぷりに驚いてしまった。
こういった見たことのない文化や光景、作り込まれた世界観というものは、まさに圧巻の一言に尽きる。
いつまでも二人してキョロキョロとしていたせいで、白露に田舎者呼ばわりされる始末である。
街は山と川に囲まれていて、山の奥には長城が見えていた。
あれが妖魔軍を封じるために建造された、巨大な囲いの防壁『円環の檻』なのだろう。
なんでも雑賀の南西に三門という巨大な門があり、その門をくぐるとさらに内側へ進めるらしい。
三門の内側は妖魔が多く現れる危険区域で、二門に至っては交戦区域となっている。
ハチ子が神出鬼没なのは、闇の精霊が宿ったワンピースの力を使用して長城を抜けてきているせいだと考えられる。
テレポートダガーの発動キーワード『トリガー』と『リターン』を覚えていなかったし、闇になって移動する『ダークネス』を使っているのだろう。
活気にあふれる雑賀の街は、和風と中華風が混在した不思議な雰囲気だ。
たしか中央に近寄るほど中華要素が強まるはずで、そのうちシメオネのような武術家も現れるのだろう。
だが、ここではまだ侍や浪人のような刀持ちしか見ていない。
スーズーと同じ妖霊もちらほらと飛んではいるが、一見したところ人族が多い。
白露にそれとなく他の種族について聞いたところ、友好的な種族として獣人族がいるそうだ。
ただ獣人族の居住区域は、三門を抜けたもうひとつ内側のエリアにあるらしい。
もしこのあたりで獣人族を見かけたら、それは内側から逃げてきたか、隠居した剣士のどちらかだろうと教えてくれた。
いずれにしろ内側の情報を知っていそうなので、機会があれば会ってみたいものだ。
刀華が受ける『七支刀』選抜試験は、街の北部にある試合場で定期的に行われている。
合格者はほとんど出ないが、もし合格をすれば七人の剣神のうち一人から奥義を授かり、妖魔軍の将軍と戦うことになる。
ハチ子を追うならば、刀華に合格してもらうしかない。
俺たちは、とりあえず刀華が試験を受けられるよう手続きを行なった。
試験は数週間後に行われるとのことだ。
そうなると、俺達はそれまで暇になるわけで……
「私は街を探索してくるねー」
スーズーがウインクひとつし、飛び去っていく。
おそらくスーズーはお試し期間中なので、ログアウトするつもりだろう。
「拙者は酒か、簡単な仕事がないかを探してこよう」
白露が、空になった瓢箪を振りながら言う。
おそらく酒探しがメインだろう。
「さてどうするか、秋景殿。どこかで貴公に剣を教えようか?」
刀華が腰の刀に巻かれた赤布(七支刀選抜試験を受ける人にのみ配られる赤い布)をいじりながら聞いてくる。
俺としては大変ありがたい申し出なのだが、刀華も試験までは自分のために刀を振りたいはずだ。
果たして、その相手が俺でいいのかと思ってしまう。
「知り合いの剣術道場とかないのか?」
「うぅむ。以前、某が世話になった『鳳月流』の支部ならあるはずだが……」
「そうか。ならそこで、自分のために振ったほうがいいと思うぜ?」
刀華がふむ、と顎に手を当てて考える素振りを見せる。
俺としては“刀を抜けない弱点”を克服したほうがいいと思うのだが……こればかりは、刀華が自分で乗り越えるしかない。
「まぁ〜とりあえず飯にして、ゆっくり考えてみよう」
俺はそう言うと、刀華を連れて飯屋に向かった。
一膳飯屋『味めし』は、碧の月亭を平屋にした感じの飲食店だ。
中は薄暗く、地元のというより旅人の飯屋といった印象を受ける。
客の質が悪いといってしまえば身も蓋もないのだが、元冒険者の俺にとってはどこか馴染み深い雰囲気でもある。
俺と刀華は山菜炊き込みご飯を注文すると、中の様子をさらに伺う。
よその土地から来たのであろうガラの悪そうな一団もいれば、一人客であろう職人っぽい男もいる。
ひとり端っこで飲んでいる眼帯の女は剣士だろうか、人を寄せ付けない空気を発している。
「なんだろな〜この感じ。雰囲気は嫌いじゃないんだが、なんだかな〜」
俺が呟くと、対面に座る刀華が首を傾げてくる。
「なにがだ、秋景殿?」
「あぁ、う〜ん。なんかね〜この感じ。こういう時って何かしらの……」
そこで言葉を止めると、刀華が怪訝そうに眉を寄せる。
これがゲームなら、何らかのイベントやトラブルが発生する条件が揃ってるんだよなと思ったその時だった。
案の定、鉄板イベントが始まったのだ。
「いや、やめてくださいまし!」
突然声を上げたのは、ここの若い店員だ。
看板娘の腕を掴んでいるのは、もちろんガラの悪そうな一団である。
せめて飯の後にしてくれと思ってしまったのは、ゲーム慣れしすぎなのだろうか。
我ながら日常茶飯事すぎて、緊張感がまったくない。
とはいえ、首を突っ込まずにはいられない性分だ。
ここはひとつ華麗に救出をし、飯代でもサービスしてもらおう……などと考えていたら、俺よりも早く噛み付く者がいた。
「こら、やめないか。嫌がってるではないか」
怒る姿も凛としていて、かっこよっ!な刀華氏である。
超イケメンすぎて、俺が女なら普通に惚れていただろう。
「あぁ、なんだこのガキ。関係ねぇだろ?」
「ガキではない、十六歳だ。目障りだと言っておるのだ」
刀華が刀の柄に手をかける。
それを見て、一団の中で一際体の大きい男が立ち上がった。
「どこかの田舎剣士か? その赤布……まさか試験でもうけるつもりか?」
「そうだ。悪いか?」
刀華が真顔で答えると、店の中が僅かにざわつく。
この街で試験を受けるというのは、それだけ大きな意味を持っているのだろう。
「こいつはぁ驚いた。こんな小娘がか? 七支刀も舐められたものだなぁ、おい!」
男は仲間たちに笑いを誘いながら、刀華を馬鹿にする。
身長は百九十を超え、腰には打刀を一本、落し差ししている。
顔も体も傷だらけでイケメンとは程遠い、いかにもザ・ゴロツキのボスという風采だった。




