鈴屋さんと、パリピで水着でBBQ!(2)
ハチ子と別れた後、俺は碧の月亭で酒樽の受け取りを行っていた。
既に木製の荷車には、目一杯の酒樽が載せられている。
これを炎天下の中、ラット・シーまで手押しで運ぶのかと思うと辟易してしまう。
あぁ、くそ……何でもいいから、輓獣でも借りてくればよかったな……
後悔先に立たずとは、このことだ。
しかし、今から借りに行くのも面倒くさい。
俺を覚悟決め、やれやれと立ち上がる。
「あーちゃん、いたいた」
唐突に後ろから、聞き慣れた呼び声がした。
声の主は、アルフィーだ。
アルフィーは、魚介と会場の準備を担当していたはずだ。
「おぅ、早いな。もう終わったのか?」
振り向くとそこにアルフィーの姿はなく、代わりに見覚えのある全身鎧が立っていた。
「えっ……と?」
一瞬、返す言葉をつまらせる。
間違いない。
リーンのフルプレートメイルだ。
しかしリーンとは、あれから一度も会っていない。
会ったところで、どんな顔をすればいいのか分からないのだ。
なにか声を出さねばと思うのだが、口をパクパクと動かすだけで何も言葉が出なかった。
見かねたフルプレートメイル女が、兜のバイザーをカパっと開ける。
「なん〜、あたしなん。声でわかんないん?」
アルフィーが、いたずらっぽく笑う。
俺が混乱すると理解っての行動だろう。
なんて意地の悪い女なのだ。
「なんでアルフィーが、リーンの鎧なんて着てんだよ」
「ん〜、なんかこれのメンテ頼まれたんよ〜。でも、バラバラで運ぶん大変なんよ」
「あぁ……確かに手持ちで運ぶくらいなら、着て行った方が早いな。リーン、元気だったか?」
「うん。あの子はもう大丈夫なん」
アルフィーはそう答えると、満面の笑みを返してくれた。
俺に気をつかっている様子もなさそうだ。
きっと本当に、うまくやっているのだろう。
「アタシもう行くけど、あーちゃんはマダなん?」
「いや、俺も支払いを済ませたら、すぐに出るよ」
「りょーかいなん。じゃぁお先ぃ〜♪」
ガシャガシャと音を立てながら手を振るアルフィーに、軽く手を振り返す。
バイザーを下ろすと、完全にリーンだ。
今度からしっかり中身を確認しよう。
俺は再び碧の月亭に戻ると、酒樽の代金を支払い、さらにいくつか干し肉も買い込んだ。
これで宴の準備も上々だ、と笑みを浮かべてしまう。
BBQってのは、前準備が楽しかったりするものである。
少しばかり気持ちが高ぶっても、仕方のないことだろう。
俺はそんな舞い上がった状態で、荷車を押し始めたのだ。
それにしても暑い。
まさに、夏真っ盛りだ。
赤影のマフラーの特殊効果で暑さは緩和できるのだが、生憎と今は装備していない。
今の俺は、ちょいと浮かれて水着姿なのである。
男という生き物は時として、全身で太陽を受け止めたくなるものなのである。
肌がちりちりと焼けていく感覚、じわりと流れる汗、それらをたまらなく欲してしまうのだ。
「夏だねぇ〜」
などと月並みな独り言を呟いてしまうほどに、俺は夏の日差しを満喫していた。
炎天下にリアカーを押すという肉体労働も、この後これを飲めると考えればなんてことはない。
ご褒美のために、頑張れるってもんだ。
「そうだ。鈴屋さんにフェンリルを呼んでもらって、キンキンに冷やしてもらおう」
うむ。
我ながら、良案である。
しかも冷えたエール酒とか、高く売れそうだぞ。
祭りといえば商売よ。
これは一刻も早くラット・シーに行かねば、と足を早めようとしたその時だ。
俺の目の前に、またしても全身鎧が立っていた。
……いやまぁ、リーンの鎧を着たアルフィーで間違いないだろう。
どうやら、追いついてしまったらしい。
しかさアルフィーは、なぜか微動だにしない。
「おぉい、どうした。へたばったのか? 追いついちまったぜ?」
俺がニヤニヤしながら話しかけると、鎧の中からは情けない声が聞こえてきた。
「あぁちゃぁ〜ん、タスケテぇ〜」
「なんだよ、そんなに重かったのか?」
「違うんよ〜、鎧が熱くなりすぎたんよ。肌が当たると、熱くて動けないんよぅ」
あぁ、なるほど。
たしかに、これは歩く鉄板焼きである。
というか……
「アホだな」
「うぅ。マジなん、たすけてぇ〜」
どうやら、冗談を言ってる余裕がないらしい。
確かにこのままでは火傷しかねない。
俺は仕方なく水袋を取り出すと、アルフィーの頭からぶっかける。
水はジュゥと音を立てながら、みるみるうちに乾いていく。
「ひぃぃん、熱い、熱いん!」
「うわ、これはマジでやばい。待ってろ、今すぐ外してやるからな」
俺はすかさず、鉄兜ベルトを緩めて外す。
「大丈夫か?」
アルフィーは既にゆでダコ状態で、目も虚ろなな状態だ。
顔全体から汗が吹き出でていて、わずかに呼吸も荒い。
「上から脱がすぞ」
アルフィーが声にならない返事をする。
前に一度、リーンを脱がせたことがあるので手順は分かっている。
俺は手際よく、鎧を剥いでいき……
「おまえ、アホだろ?」
中から出てきたアルフィーの姿をみて、俺は心底呆れてしまった。
何せこの白毛の女は、下乳が見えるくらい短く切ったタンクトップに、お尻が見えそうな超ショートパンツという、露出に全振りした水着を着ていたからだ。
そりゃこんな姿で鉄鎧を着れば、熱くて動けなくなるだろうよ。
「うぅぅ、暑いん〜、熱いん〜」
汗だくで、半泣きで、下乳で、ずぶ濡れで、四つん這いになりながら脛当てを外すアルフィー。
もう色々とこぼれそうで、大変である。
「うぅぅ、あーちゃん、さっきからどこ見てるん〜」
汗だくのまま、上目遣いで突っ込まれる。
「めっちゃ見てくるやん〜」
そして、にまぁと笑う。
「鈴やんにチクろっと♪」
やられた。
ここまでセットの罠だったのか。
いやでも、見るだろコレ。
「つぅか、めっちゃシャツ透けてるけど、いいのか?」
「えっ?」
アルフィーが視線を落とす。
自分のタンクトップが、かなり際どく透けていることに気づいていなかったらしい。
珍しく顔を赤くしていく。
「おぉ、オマエでも恥ずかしいって感情持ってるんだな」
「こっ、このっ……人を痴女扱いすんナー!」
にへらと笑う俺に、アルフィーの拳が容赦なくめり込んだのは言うまでもない。




