ハチ子との再会(7)
道場の手入れも終わり、いよいよやることがなくなった俺は、刀華から剣術の指南を受けていた。
刀華の剣術は、素早く軽やかだ。
ほんの少しだが、動きだけならハチ子を想起させるものがある。
二人の決定的な違いは、しっかりとした剣術の知識を持っているかどうかだろう。
刀華には剣術の知識から細やかな所作に至るまで、しっかりと武家育ちの品格を感じ取れた。
刀を抜けないという致命的な欠点を克服すれば、きっと十月紅影流の道場を再建できるだろう。
ただそれは克服できなかった場合、妖魔軍討伐隊『七支刀』選抜試験の突破すら難しいことを意味している。
なんとか道中で克服の糸口を掴めればいいのだが……とぼんやり考えながら、汗を拭っている時だった。
道場の入り口から、ひとりの人影が現れたのだ。
「おぉ、これは春風殿。御父上の容体は如何か?」
同じく汗を拭っていた刀華が、笑顔を向ける。
春風と呼ばれた女性は「今は静かに寝ています」と答え、おずおずと頭を下げながら道場の中へと足を踏み入れた。
春風は稲武二刀斎の孫娘だ。
黒髪を後ろにひとつで束ねた華奢な体つきの女性で、年齢は刀華と同じ十六歳だという。
目鼻立ちがはっきりとしていて、美人になる雰囲気満載である。
また彼女の両親は、すでに流行り病で他界しているそうだ。
それはつまり、刀華と同じく“跡取り娘”の役目を背負わされているのだが、彼女は一切の剣術を使えない。
現状、跡取りの候補は“薬の買付に出ている一番弟子の相馬”という男が濃厚らしく、相馬と春風は恋仲でもあるようだ。
ちなみに、この話を聞いた時にスーズーが、いつぞやに見せた少女漫画のような乙目(女)をしていた。
他人の恋愛模様で栄養補給をするという、彩羽のちょっとアレな性格が漏れていたのだろうが、俺はあえて言及はしないようにしている。
「刀華様、お強いんですね。聞けば、どちらかの流派の跡取りだとか……」
「うむ。某にも、色々と訳があってな。今は道場の再建に向けて動いているところだ」
春風が感心した様子で、何度も頷いた。
同じ年齢で似た境遇ということもあり、共感するところも多いのだろう。
「相馬殿が不在である今日明日、道場破りとやらが現れるかもしれぬ。その時は、不肖ながら誠心誠意で対処する所存だ」
「いえ、頼もしい限りです」
素朴な笑顔を返す春風を見ていると、やはり剣術家の娘というよりは町娘である。
刀華とは境遇こそ似ているが、決定的に背負っている責務が違うようだ。
「まぁ相馬様が戻るまでですから、きっと大丈夫でしょう。そちらの殿方は刀華さんの……?」
「うん?」
「その……好い人ですか?」
刀華が固まる。
ちなみに俺とスーズーもフリーズ状態だ。
やがて刀華が手をバタバタと振りながら、慌ててそれを否定した。
「違う、違うぞ! この者はただのつれ合い……いや、某の弟子だ。ただの弟子だ!」
「あぁ、そうなんですか。私ったら、てっきり……」
そこまで否定されるとちょっと悲しいし、スーズーが後頭部をゲシゲシ蹴ってくるし、なぜか俺ばかり傷つけられる。
一言も言葉を発していないのに、理不尽である。
「でも弟子ということは、ゆくゆくはそのお方と刀華様が道場を……」
「な、なにを言っておるのだ。たしかに某は道場の再建を目指しておるが、それとこれとは別の話。色恋など、目標を達成した後の話なのだ。今は仇敵を探し出し、できる限り万全な状態で刀華を刀華として戻して……」
相当に混乱しているのだろう。
後半は、ほとんど何を言っているのか意味不明である。
「それに某は某で、想い人がおるのだ!」
「まぁ……では、その御方と?」
それは……と、刀華が押し黙る。
ちょくちょく出てくる、初恋相手の話だ。
一体どんな男なのだろう。
正直、俺も気になっていたりする。
もちろん、スーズーはすでに乙目モードだ。
恋愛話にぽわぽわする様子を見ていると、まだまだ子供っぽい。
「今は、その……彼はとても遠くの地にいるはずなのだ。だから、たぶん会えない……と思う」
「その御方は、刀華様を探しには来てくれないのですか?」
「探しに?」
キョトンとした目で刀華が返すと、春風はさも当たり前のように頷いた。
「だって互いに好きだったのなら、探しに来るんじゃないですか?」
「そっ、そんなわけ……いや……でも彼なら、たしかに……」
どうやら、それほど的外れな話でもないらしい。
刀華はみるみると頬を赤く染め上げ、しきりに髪をかきあげ始める。
反応が素直すぎて、見ていて面白可愛い生物である。
「たしかに……あの人なら、探しに来かねない」
「まぁ、よかったじゃないですか!」
春風が、パンッと手を叩いて喜ぶ。
しかし刀華本人は、否定的に首を横に振った。
「いや……もしそうだとしても、某の宿願を果たすことのほうが先なのだ。確証のない希望にすがるのは、その後なのだ」
刀華が、そう自分に言い聞かせるようにつぶやく。
できることなら、そんな男のことなど忘れて次の恋へと気持ちを切り替えるべきだと思うのだが、彼女の場合はそれよりも“仇敵との再開”と“道場の再建”が、最優先なのである。
それならば、俺が少しでもそれを叶えてあげられるように、陰ながら手助けしようじゃないか。
俺は改めてそう思うのだ。




