鈴屋さんとハチ子がいない間に!〈前編〉
旅の移動中に執筆しました。
飛行機って暇だったので、これはむしろいい時間になりました。
今年最後の更新にするか、年明け最初の更新にするか一瞬悩みましたが(笑)、挨拶とお礼を含めて更新してしまいます。
ブックマークをつけてくれた方々、その他、通りすがりに読んでくださかった方々、みなさま本当にありがとうございます。
ご意見・ご要望・ご感想など、メッセででも、なんでも気軽にどうぞ。
返事はもちろん、意見や要望は真摯に受け止めていく所存でございます。
来年もまた「ネカマの鈴屋さん」をよろしくお願いします。
それでは皆様、よいお年を~♪
「だから、それは俺が行くって……」
「私1人でも、大丈夫だもんっ!」
昼間っから天下の往来で押し問答をしているのは、俺と鈴屋さんだった。
内容はなんとも馬鹿馬鹿しいことで、昨夜ラット・シーで死守した“猫の爪”を、鈴屋さんが初めてのお使いよろしく自分1人で持って行くと言い出したのである。
しかしだ、そのコートの中身はあの魅惑のサンタコスである。
当然、心配にならないわけがない。
「世の中の男が全員、俺みたいな紳士だとは限らないんだからなっ!?」
「そんなことわかってるもん。でも、私1人で行けるもん!」
こんな調子で、話が平行線のまま進まない。
「あー君は宿で、寝てなさいっ!」
「じゃあ、2人で一緒に返してから宿で寝ようよっ!」
「2人で寝ようよって……あー君……」
「そ、そういう意味じゃないしっ!」
……馬鹿である。
南無子がいたら加湿器のように溜め息を、はぁ〜〜〜〜っと出し続けることだろう。
「あー君は、万全じゃないんだからっ!」
「いやそうかもしんないけど……でも1人で行かせたら心配で寝れないし、たぶん追いかけるよ、俺のことだから」
「……そういうの嬉しいんだけど……でも今は、休んでほしいんだもん」
「では、私が同行しましょうか?」
「……あぁ、まぁハチ子さんが一緒なら……」
そこで2人して、ぎょっとする。
『ハチ子さんっ!?』
そしてシンクロする。
「どうも、アーク殿の犬、ハチ子です」
「いつから……!?」
神出鬼没にも、ほどがあるだろう。
ハチ子の方が俺よりよっぽど、ニンジャっぽいよな。
俺なんて、ちっとも忍んでないし……
「いつから……と問われれば、あられもない姿で眠る鈴屋に対し、“もう一度その内腿を目に焼き付けておかねばっ!”とアーク殿がつぶやいた辺りから……と答えます」
……その、ほとんど事実なんですが……
一部ニュアンスを変えるだけで、これほど効果的に陥れられるのとか。
ハチ子さん、まぢすごいです。
「……あー君……内腿って……」
鈴屋さんの長いまつ毛が、すすぅと下がっていく。
ついでに俺の好感度も、すすぅと下がった気がする。
「俺、内腿とは言ってないからね? てか、そんなところから見てたの?」
ハチ子が真顔で頷く。
もぅ、ガチでストーカーじゃないですか。
「窓から入ろうとしたら、ちょうどそのシーンだったのですよ」
「なぜに窓なのよ……」
というか、俺たちが間違って何か致していたら、どうするつもりなんだ。
「あー君の紳士は、どこに行ってたのかな?」
実際その時は、銀河を浪漫飛行してましたけど……
でもちゃんと我慢したよ、俺は。
「あー君と一緒にいたほうが身の危険を感じるから、ハチ子さんと行ってこようかな〜」
「ひどっ!」
「鈴屋はあの恰好でも、アーク殿を落とせなかったのですか?」
ハチ子が心底不思議そうに、鈴屋さんをみる。
「あー君がヘタレなだけだもん」
「なんてことをっ! ものすごい我慢したしっ!」
「あごクイしといて、ただ見るだけとか……私、すごく恥ずかしかったんだから!」
べ~っと、小さい舌を出して応戦してくる。
もうかわいくてお話になりません。
と言うか、あごクイ……けっこう根深そうですね……
「とにかく、あー君は大人しく寝ることっ! ほら、行こ! ハチ子さん!」
プンスコしながら、鈴屋さんは“猫の爪”を抱えてラット・シーに向かい始める。
「あぁ、まって鈴屋さん!」
「なぁにっ!」
振り向く鈴屋さんに、マフラーを巻く。
「冷えるといけないから……」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
顔を赤くしながら何か言いたげな表情を浮かべ、結局何も言わずにマフラーをあげて口元を隠す。
「ほんとに気をつけてね?」
「……うん…………行ってくる……」
そしてそのまま、ぽつぽつと歩き始めた。
「ああは言ってますが、本当にアーク殿の身を案じているのですよ。鈴屋は私が守りますから、アーク殿は本当に休んでください」
「わかってるさ。ありがとうな、ハチ子さん。んじゃぁ、鈴屋さんのこと、頼むよ」
「アーク殿の御心のままに……」
ハチ子がどうしてそこまで尽くしてくれるのか、本当のところ俺にもよく理解できていなかったが、いまや最も信頼できる人物かもしれない。
俺は2人の背中が見えなくなるまでじっと見送ると、大人しく碧の月亭に向かうことにした。
たしかに体がだるく、眠気も残っている。
血が足りないせいだろうか、注意力が散漫になっていることを自分でも認識できていた。
……これはちゃんと回復をした方がいいかもしれない……
そう考え、裏通りを抜けて早めに帰ろうと足早に碧の月亭へ向かう。
人通りが少ない最短ルートを考えながら、曲がりくねった路地をすいすいと抜けていく。
しかしやはり、注意力が低下していたのだろう。
俺は急ぐあまりに曲がり角を曲がったところで、女の人にぶつかってしまった。
フード姿の女性は、きゃっと小さい悲鳴をあげてそのまま尻もちをつく。
「わぁ、ごめん! ぼぅっとしてて……大丈夫?」
前かがみになり、手を差し伸べる。
「怪我はない?」
女性は黙って俺の手を取り、立ち上がる。
一瞬フードから覗いた口元が、わずかに微笑んでるように見えた。
「いえ~、わたしも不注意でしたので~」
どこかで聞いたような気がする、妙に艶やかな声だった。
握られた手が、嫌に冷たい。
「しかし少年~。そんなに慌てて、どこへ行くのかな~?」
その覚えのある呼び方に記憶の渦から電流が走り、一瞬で背筋が凍りついた。
「昨夜ぶりだなぁ~。やっとあの犬が離れてくれたから、会いにきたのだよ~」
彼女は冷たい手を握ったまま、俺に絡みつくようにして背後に回る。
俺は、まったく動けなかった。
「どうした、少年~。せっかく会いに来たのだ~、何か感想を言いたまえよ~」
……いやいや、今の俺には冷や汗しか出ないって……
「つい、数時間前だったからな。もう当分会わないですむと思っていたから、驚いてんだよ」
「ふふ。少年~ひとつお勉強といこう~。反撃というのはねぇ、早さが一番大事なのだよぅ?」
「……なるほどね。しかし残念だったな。猫の爪なら、今ごろ持ち主のもとに帰ったところだぜ?」
「あぁ~~知ってるよ~? 知ってるとも~。しかしなぁ、あれはシメオネが欲しがってるだけだから、私はどうでもいいのだよ~」
……こいつはやばい流れだ。
こいつの目的は俺だ。
「そんなに構えるなよ、少年~。言うなれば、これは私の興味だ~」
「……興味?」
「そうだよ~? あの犬さぁ、イーグルだよねぇ~?」
ざわりと全身に、力の波が駆け巡る。
「何位なのかなぁ? 教えてくれないかなぁ、少年~。そうすれば少年を見逃すことも、やぶさかではないのだよぅ?」
「……言うわけないだろ。そんなに知りたきゃ、本人に聞けよ」
「たぶん、教えてくれないと思うよぅ。たまに、いるのだよぅ。下の順位の中に、本当の強さを隠して順位を上げないでいる奴がさぁ~」
……下の順位……だって?
「あぁぁ、賢い子は好きだよぅ、少年~。そうさ、私はイーグルさぁ」
「へぇ……どうでもいいけどな。お前なんかに、興味ないし」
「少年、嘘はいけないなぁ。お姉さん、寂しいなぁ。本当は興味あるんだろぅ?」
「だとして、だ。彼女がお前よりも下の順位だって、なんで言えるんだよ?」
あぁ、それは~と冷笑する。
「至極簡単なことさぁ。なにせ、私の順位は1位だからねぇ」
と、僕はキメ顔でそう言った。
物語シリーズの斧乃木余接みたいな台詞を付け加えたかったのですがモロすぎてやめました。(笑)
後編に続きます。




