ハチ子との再会(4)
外にある屋台蕎麦だと『月の目』に観測される恐れがある。
ここは、個室のある蕎麦屋へ向かうべきだ。
できれば遊郭にある太夫の部屋が安心なのだが、もし刀華に美少女妖霊と入るところを見られたら、今度こそ俺の人権は剥奪されるだろう。
まぁ個室で、使う言葉に気をつけて小声で話せば、目立ったログも残らないのではと考えたわけだ。
「んで……スーズーさん、ここへはどうして?」
できるだけ引っかかりそうなワードを避けて聞いてみる。
スーズー=彩羽は、またくるりと宙返りをして、ん〜と可愛らしく唸って見せた。
「どうでもいいけど、その葉っぱ服……めっちゃ露出高くない?」
「まぁ〜た、そういうとこ見る。このサイズでも、そういうふうに見るの?」
「この世の中には、美少女人形に情熱を燃やす民は多くいるんだ。サイズ感とか関係ないと思うぜ?」
「う……このサイズなら、そんなふうに見られないと思ってたのに……」
スーズーが顔を赤くしながら、葉っぱの裾を下へと引っ張りはじめる。
鈴屋さんも彩羽も、基本露出は少なめだ。
本人曰く、現実だろうが仮想世界だろうが恥ずかしいらしい。
「そのサイズでなら恥ずかしくないの?」
「なんていうか、さすがに現実感なくて大丈夫、かな」
そうなのか。
やっぱり普通に小さい鈴屋さんだ。
というか、鈴屋さんのフィギュアだ。
普通に可愛いし、色んな角度から眺めたくなる。
「んで、話を戻すけど、どうしてここへ?」
「あ、そうそう。んと、これは公式な非公式で……」
そこからスーズーは、言葉を選ぶようにして話し始めた。
コト監視されている状態で、話すことに関しては鈴屋彩羽の方が先輩だ。
こんなことを何年も俺のそばでしていたなんて、愛しか感じない。
「既存のNにセブドリ経由でボッダイする公式の試験って感じかな?」
「既存の……N?」
めちゃくちゃ、分かりづらく端折られた説明だ。
Nは、NPCのことか。
セブドリは『セブン・ドリームス・プロジェクト』だな。
ボッダイってなんだ。
「あのぅ、ボッダ……」
「ボット」
短く返される。
botは、ロボットの略だ。
つまりボットにダイブってことか。
要約すると……
既存のbot型NPCに、七夢経由でダイブする公式のテストってことになる。
彩羽は今、泡沫の夢ではない単純なプログラミングAIキャラクターにダイブしているということだろう。
よく街の案内をする「ここは○○の街だよ」キャラや、武器屋の店主などがそれだ。
あれらはプレイヤーではなく運営が用意したNPCで、中身は単純な受け答えしかしないbotなのである。
現在『最果ての斑鳩』は外部プレイヤーの侵入を防ぐため、クローズド状態にある。
そのため、他の仮想世界のキャラクターをコンバートさせることは、不可能とされている。
コンバートするためのアクセスキーは七夢さんと、ハッキングをしたラフレシアしか持っていない。それも、太夫の部屋に限定されている。
ここにいる泡沫の夢にアクセスするのも一つの手段だが、それはもともと他人の人格をもとにしたキャラであり、後々問題になりかねない。
例えば俺がアルフィーの体を乗っ取って、エロいことをしただけでも問題になるってことだ。
そこで泡沫の夢ではない『単純なbot』キャラにダイブをして、動かすことにしたのだろう。
そしてこれは『セブン・ドリームス・プロジェクト』のテストプレイとして、公式に認められたものということだ。
「ええっと、じゃあ今はウチからじゃないってこと?」
「そだよ。お仕事として」
なるほど。
セブン・ドリームス・プロジェクト専用のA−二塔からダイブしているのか。
「えっと、今は試してるだけ?」
「うん。私はまだ本調子じゃないから長くはいられないし、だからこそ、この短期的な単独試験に選ばれたの。まぁこのフェアリーには戦う力なんてないし、何もできないんだけど」
「そうか。うん、なんとなく把握」
「それにしても、ね」
スーズーがつい〜と滑空をし、俺の左肩にとまる。
「ちょっと見ない間に、なんなの、アレ」
あれ?と首を傾げると、スーズーは頬をぷぅと膨らませて俺の耳を引っ張り出した。
「さっきのだよ。どうして、もう、あんななの?」
「イテテ、痛いって。あんなって何だよ。ただの師匠だぞ。ちょっと寂しがり屋で、今まで心細かったから、大事な弟子を取られまいと防衛本能でも働いたんだろ?」
「そうは見えませんけどねー」
「いやいや、弱い俺を守らなきゃって思ってるから、ちょっとした庇護対象なんだよ。まぁ、過保護ではあるがよ」
「ほんとにそうかなぁ」
ちっちゃい妖精のジト目である。
あぁ、なんかしっくりくる。
「まぁとにかく、試験も兼ねてちょっとしたクエやりたいから、何か仕事探してきて?」
「えぇぇぇ、強引すぎやしないか?」
「おねがい、あーにぃ」
ぐぅ……その名前の呼び方をされると、どうにかしてやりたくなる。
お兄ちゃんだからな。
「わかったよ。蕎麦食ったら、ちょっと聞いてみるよ」
俺は反論することを早々にあきらめて、小さな鈴屋さんに従うことにしたのだ。




