ハチ子との再会(2)
宿場町についたのは、その日の夕方だ。
「ここは妙に湯屋が多いなぁ」
刀華が宿場町のメインストリートで、キョロキョロと頭を振るって言う。
「この辺りは湯が豊富でな。何でも、病気や怪我にも効くと評判なのだ。これはきっと、拙者の腰痛に効く湯もあるに違いないぞぅ」
要は人気の温泉地ってことだろうか。
そういえばあの宇宙船には、温泉や大浴場といったものがない。
もともと宇宙船へ移民した時に、湯に浸かるという文化がない人種も多くいたため、自然と廃れていったらしい。
そう考えると、アルフィーが南無さんの五右衛門風呂に浸かった時に、やたら嬉しそうだった理由も今なら理解できるというものだ。
きっとシャワーで物足りない派は、ああやって仮想世界にダイブをし、気分だけでも楽しんでいるのだろう。
ここでの五感は、ここにいる限り紛れもなく本物だ。
現実世界で食事を取れない状態にあっても、何か美味しいものを食べたいという欲求だけなら、ここで満たすことができる。
それどころか事故で体を失っても、ここでは五体満足でいられる。
精神を保護するという意味で七夢さんがしていることは、本当に凄いことだと思う。
ややもすれば現実逃避だと非難されそうだが、俺はそのおかげで生還できた。
仮想世界での記憶しかない俺にとって、ここも立派な現実なのだ。
それを軽々しく否定されるのは、少し腹立たしいのである。
……などと俺がいつものように、考え事をしながら歩いていた時だった。
バチンッと俺の顔に、大きめの何かがぶち当たる。
「いてぇ!」
いきなりすぎて驚いた俺は、顔に手を当てて思わず叫んでしまう。
「どこ見て歩いてるの? ちゃんと前見て?」
目の前から、女の子の声が聞こえた。
いったい何とぶつかったんだ、と薄目を開けて確認をする。
そこには体長三十センチほどの羽の生えた美少女が、フワフワと空中に浮いて……って……え?
フェアリーじゃないか、こいつ!
「おーい、どしたー、おにーさーん?」
透き通るような水色のロングヘアーをなびかせながら、美少女妖精が俺の鼻先をつまんでくる。
一方の俺は魚のように口をパクパクとして、言葉も出せない状態だ。
いや……ここがレーナなら、俺も驚きはしない。
あそこは所謂ファンタージーワールドで、フェアリーがいて当たり前の世界だ。
だがなぜ、この和風の世界にフェアリーがいるのだ。
「なんだ、旦那。妖霊を見たのは初めてなのか?」
「そうなのか? 秋景殿」
驚かない二人がいる。
ということは、コレはココにいていい存在ってことか?
「まぁ、貴公は記憶がないからな。それは風の妖霊だ。この辺りでは珍しいが、門をくぐって内側に行けば普通に飛んでいるはずだぞ」
「旦那。ちなみにそれは、害のない妖霊だ。共存対象ってやつだな」
風の妖霊……風の妖精シルフってところか。
しかしここで、レーナの知識を口にするなんていう迂闊な行動は避けねばなるまい。
ここは記憶喪失らしく、さらに惚けるのが正解だ。
「そ、そうなのか。驚いた。こんなに小さい人間、初めて見たからさ」
「まったく、秋景殿は本当に何も知らないのだな。ちなみに今のは、ボーッとしていた貴公が悪いのだぞ?」
呆れたような、しかしどこか得意げな表情で刀華が言う。
「あぁ、そうだった。すまね」
「うぅん、いいんだけどね。お兄さん、お名前は?」
妖精あらため、妖霊少女が首を傾げてくる。
なんだこれ、動く美少女フィギュアかよ、と俺は突っ込みたくて仕方がない。
「あぁ、明是秋景っていうんだ」
「そっか。私はスーズーっていうの。よろしくね、あーにぃ♪」
スーズー?
あーにぃ?
えっ……まさか……?
目の前で満面の笑顔をみせる妖霊に、俺はまたしても口をパクパクとさせてしまった。




