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ハチ子との再会(1)

「遅いぞ、秋景殿!」

 俺の目の前では凛とした顔立ちの少女が、かわいらしく両手をふるふるとさせて怒りの感情を爆発させていた。

 この女剣士は、見ているだけで癒しになる。

 とにかく、怒っているだけでも可愛いのだ。

 ついついおもちゃにしたくなる健全な俺を、誰が責められよう。

 ただその後ろで、ニヤニヤと笑みを浮かべている邪魔なおっさんがいて、癒やしの効果も半減である。


「いよぅ、旦那。遊郭での仕事ってぇのは、終わったのかい?」

 昼間っからひょうたんに入った酒を口に運ぶおっさんには、大きめのため息を返してやる。

 俺の至高なる癒やしの一時を邪魔したんだ。

 なんなら、悪態の一つでもつきたいくらいである。


「そっちの話は、まとまったのか?」

 白露が「おうよ」と笑って応える。

 つまり、旅の同行を刀華が許したということだ。

 そしてそれは、俺にとって残念な結果ともいえる。

 俺としては、もうしばらく刀華とふたり旅を堪能していたかったのだが、刀華がいいと言うのならば従うしかあるまい。


「刀については話しておいた。それから拙者も、雑賀に行きたいのでな。ここはひとつ、連れ合いになろうぞ」

「まぁ刀華がいいなら、俺はいいけどよ」

 ちらりと刀華に視線をおくる。

 すると刀華が、少し気まずそうに頭を下げた。

「すまぬ。貴公には折を見て話そうと思っておったのだが……某は、人を斬れぬのだ。もちろん妖魔相手でなら、刀も抜けるのだが……」

「あぁ」

 短く返事をすると、刀華が捲し立てるように続ける。

「あの時は、子鬼ならば抜かずとも倒せると考えたのだ。それに白露殿の実力も、見ておきたかった。決して手を抜いたわけではないのだ。それでも……そのせいで、二人にいらぬ心配をかけてしまった。某は、人を相手に刀が抜けぬ。もしかしたら大事な人を……これから大事になるかもしれない人をも斬ってしまうのではと……そう思うと怖いのだ」

「あぁ、わかった。大丈夫だよ」

 ぽんと頭に手を置く。


 この娘は強い。

 年に見合わぬ悲劇も経験している。

 それでもやはり、まだ少女なのだ。

 そこは俺も配慮すべき点だった。


「まぁ白露のおっさんがいれば、いい用心棒なるだろ。俺も頑張るからな」

「……貴公は弱いのだ……私のほうが強いのだから、貴公のことは私が守るのだ」

 刀華が面白くなさそうに口を尖らせて、視線をそらす。

「だからさ。刀華を守れるように頑張るよ」

 カカカと笑うと、刀華は小さく頷いた。



 あれから──

 天常寅虎と別れた後、自分の部屋にもどった俺は軽い休息をとったのち、再び『最果ての斑鳩』へとダイブした。

 今度はどれくらいの期間ダイブすることになるのか分からないが、やはり情報の共有化をするためにも、定期的に現実世界へもどる必要がありそうだ。

 何せこのダイブは、俺が“ハチ子を救いたい”という極めて個人的な感情で行われている。

 そこには七夢さんや乱歩、彩羽やラフレシアといった協力者の存在がある。

 そんな彼らを……彼らのいる“現実”を、蔑ろにしていいわけがない。

 俺はそれを肝に銘じて、ダイブしなくてはならないだろう。


「せめて、ひと目でいいから会えればなぁ……」


 ハチ子の顔を思い浮かべ、無意識のうちに言葉をこぼす。


「誰にだ、秋景殿?」


 しまった。

 いま俺は、三人で街道を歩いているんだった。


「なんだ、旦那。まぁだ、遊郭で遊びたりないのか?」

「そうなのか? 秋景殿」

 白露のいらぬ一言のせいで、刀華が眉を寄せて聞き返してきた。


「んなわけあるか。というか、何度も言うがあれは仕事でだな……」

「仕事を口実に女と会うとは、旦那も隅に置けないねぇ」

「そうなのか? 秋景殿」

 なんだ、このおっさんは。

 的確に俺の好感度を下げてきやがる。


「まったく……貴公も結局、そういう男なのか」

「お、嬢ちゃん。そいつぁ、前にもそういう男に惚れ込んだってクチか?」

「そんっ……!」

 刀華が言葉をつまらせる。

 この感じは当たりのようだ。

 というか、刀華はどんな変な男に惚れ込んだのだろう。


「いや、でもあのひとは、みんなに優しかっただけで……」

「嬢ちゃんよぅ。そいつぁ、立派な遊び人ってやつだ」

「そうではない。遊んではいない。彼は、そんなに器用ではない。はっきりしないだけだ」

「あぁ……そいつぁ、愛想も尽きるわな」

「つっ、尽きてもおらぬ。ただ、あの人と私の運命が重ならなかっただけだ」


 俺は、なんとなく口を挟まないでいた。

 またいらぬ難癖を、つけられる気がしたのだ。


「んで、次の宿場町まで、どんくらいあんの?」

 半ば強引に、話題を変えてみる。


「喜べ、秋景殿。今日も旅籠に泊まれるし、貴公の好きな湯屋もあるぞ。夕方にでも着くはずだ」

 刀華はよほど嬉しいのか、笑みを浮かべて軽やかにスキップをし始める。

 どう見ても、お風呂好きなのは刀華のほうだろうが、そこはあえて突っ込まない。

 かくいう俺も、野宿をするより断然に嬉しいのだ。


「あぁ〜拙者は湯屋へ行くから、二人は入込湯へ行けばいい。拙者に気を使わんでいいぞ」

「はっ、はぁ? 白露殿は何を言っておるのだ」

「いや、二人が入込湯から出てきたのを見たんだがな」

「そ、それは、違うのだ!」

「何が違うのだ?」

 はて、と白露が茶化す様子でもなく顎を掻く。

「あれは……秋景殿が入りたいというから入っただけなのだっ!」

「じゃあ、入ったのであろう?」

「はいっ……た……のだ」

 真っ赤になって頭を下げる刀華が可愛い。

 助け舟を出してあげたいところだが、度し難い可愛いさなので、このまま眺めることにしよう。

「まぁまぁ、いいではないか。若い者は、それくらいでないとな」

 何も言い返せない刀華を前に、白露が豪快に笑いとばす。

 そんな中、俺はこの他愛のないやりとりを、心のどこかで楽しく感じていたのだ。

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